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妖の料理番 〜いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる、妖たちの食卓譚~  作者: 奇理可羅
東の国

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25/68

酒とわさびとドドの治部煮

「すみません、エイタさんは居られますか?」


 昼食を終え、洗い物と掃除を片付けようとしていたその時、聞き覚えのある声が玄関先から響いた。

 戸口へ向かうと、そこには——。

 牛のような角を生やし、もし現代でスーツを着せれば妙に様になるであろう男。クダンさんが、背筋をこれでもかというほど正し、そこに立っていた。


「あ、クダンさん、お久しぶりです、今日はどのような……」

「遅れてしまい、誠に申し訳ありません。このクダン、一生の不覚」


 俺が言い終えるよりも早く、クダンさんは勢いよく頭を下げた。というか、このままだと床にめり込みそうな勢いである。


「ど、どど、どうしたんですか、いきなり。頭を上げてください」

 

 このままでは本当に土下座コース一直線だと思い、慌てて居間へと招き入れる。

 ちょうど気付いたヨウコが、すぐさまお茶を用意してくれた。


「まずはこちらを」


 そう言ってちゃぶ台の上に置かれた冊子。

 ヨウコのレシピ本の原本だ。

 さらにもう一冊、ちゃぶ台に置く。


「こちらが我々の方で印刷させていただいた冊子でございます。原本のご返却が遅れてしまい、誠に申し訳ございません。それと、今回はこの料理本のことでご相談がございまして」


 料理本の相談?

 まさか、上の許可が降りなかったとか。それとも、これを世に出すのにお金がかかるとか。


 ヤバい、俺、金無いぞ、むしろ借金抱えてんだ。


「こちらの料理本の販売価格のご相談に伺いまして」

「え、販売価格ですか?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。

 

 あ、逆だった、世に出して買ってもらってお金もらう方だったか。


「とりあえず、お預かりした冊子の内容を広報に載せ、さらには村のご家庭分、印刷までいたしました。しかし、こちらも印刷代や人件費等の関係もありまして、これ以上は厳しいと上からご達しが……」


 なるほどな、と内心で頷く。

 そりゃそうだ。あれだけの内容をタダでばらまくのは、普通に考えて無茶がある。


「ええ、ここから先は販売をするための印刷にしたいってことですよね」

「え、ええ、その通りです。まさか、何かお考えがあっての」


 俺が考えた販売戦略は簡単、DLC商法と同じだ。


「まず、広報や料理本に乗せてもらった内容、あれって料理の基礎中の基礎なんです。衛生管理だとか、火の扱いだとか、揚げ物の注意点だとか」


 基礎中の基礎、ゲームで言うところのチュートリアルだ。


「で、料理に慣れてくるとですね。違うことに挑戦したくなるもんなんですよ。あの食材の使い方はとか、この食材はとか。そこに、新たな料理の本が出てきたら、どうすると思います?」

「そ、それは、買いたくなりますよね。新しい料理が載っているんですから」


 そう、それだ。

 チュートリアルを終え、ストーリーを一通り遊び尽くした後に待っているのが、裏ボス、素材集め、最強装備の厳選……そういった“やり込み要素”だ。

 そして人はそこに、DLCや課金コンテンツという名の“追加コンテンツ”を求めるようになる。


「俺としては、最初の基礎の本なんて、正直タダでも構わないと思ってるんですよ。問題はその先です。基礎をやり尽くした後に見えてくる“次の世界”――そこに価値がある」

「なるほど……つまり最初は安く、あるいは無料でばらまいて、続きで回収する、と」

「そういうことです」


 相手は納得したように頷く。


「いやはや、そこまでお考えとは。それで、販売価格はお幾らにいたしましょうか?」


 さて、ここが重要だ。

 高すぎれば人は離れる。安すぎれば価値が下がる。そして何より、“世の中にちょうど良く流通する価格帯”でなければならない。

 つまりは――“手が届きそうで、少し背伸びをすれば届く値段”。


「クダンさん、この世界の本の相場って1冊いくらくらいですか?」

「そうですね、今や、製紙や製本技術が確立しておりますので、昔に比べると大分お安くなりました。1冊、銀2が相場かと」

「うん、それじゃあ銀2で」

「えっ!?」 「えっ!?」


 ヨウコとクダンさんが同時に驚いた。何を驚いているんだ2人は……。


「エイタさん、さすがにそれは安すぎではないでしょうか、料理本ですよ!?」

「そうなのです、その料理で飲食店でも始めれば普通に財を築けるのですよ」

「言っただろ。俺は、この世界に料理を広めたいんだ。 もし料理本が“大金を積まなければ手に入らないもの”だったら……ヨウコは買おうと思うか?」

「そ、それは……少し、考えてしまうのです」


 大金を積まないと料理本は手に入らない。そんな世界なら料理は広まらないだろう。だったら、誰もが気軽に料理ができる世界の方がいい。


 だからこそ――値段は「広がるための価格」でいい。


「ヨウコもクダンさんも、最近、この村の方々、とても活気に満ち溢れていると思いませんか?」

「い、言われてみれば……みんな、なんだか生き生きしているのです」

「というか……経済が回っている、というのでしょうか」

「これは俺の理論だけどさ、美味いものを食えば、仕事が頑張れる。仕事を頑張れば経済が回る。頑張って働いた後の飯は美味い。ご飯が美味いから、また仕事を頑張れる。いいんだよ、こんな単純な考えでさ。だから俺は、料理本を高価にすることは、経済や文明の進化の停滞と同じだと思っているんだ」 


 クダンさんは俺の話をじっと聞いて俯き、無言でうんうんと頷いている。


「エイタさんの思い、しかと受け止めました。販売価格の件、私が必ずや上に通して見せます」


 そう言うと、勢いよく立ち上がり、一礼してから足早に去っていった。

 ……ほんと、忙しそうな妖怪だな。


「ちなみにさ、ヨウコはあの本、いくらくらいだと思ってたんだ?」

「え、えっと……金20くらいかと……」

「ぶふっ」


 思わず吹き出しかけた。金20ってマジか。

 たしかに、この世界の貨幣価値はまだよく分からないが……それでも高すぎるだろ。

 せいぜい三食五日分くらいの、ただの料理レシピ本だぞ? 誰でも作れるやつだぞ?

 「ほんと、この世界の価格基準って、どうなってんだ……」



 ***




「オウカ、また酒貰っていくぞ」

「うむ、良いぞ、持って行くがよい」

 

 端から聞けば、ただの呑んべえ同士のやり取りにしか聞こえないが、そこは心配いらない。ちゃんと料理用だ。屋敷の棚に並ぶ瓶から、漏斗を使ってヒョウタンへと慎重に移し替えていく。


 この酒、オウカが日常的に飲んでいる“常飲酒”らしいのだが──問題はそのランクだ。


 1番酒。いわゆる一級品。値段も洒落にならない代物である。

 ……いやいや、料理に使うには正直もったいなさすぎるだろ。

 というわけで、代わりに用意してもらっているのが3番酒。いわば普段使い用の安いやつだ。


 「そういえば俺、この世界に来てからオウカの酒、飲んだことないんだよな」


 じっと1番の入った瓶を見つめる。


 ゴクリ。


 ……いかんいかん。手を出したら最後、どれだけ請求されるか分かったもんじゃない。最悪、借金追加コースだ。

 実を言うと、俺はかなりの酒好きだ。親父譲りってやつだろう。

 特に日本酒。あの米の旨味と香りの奥深さがたまらない。

 冷やでキリッと、熱燗でふわっと。温度ひとつで表情が変わるあの感じ……あぁ、飲みてぇ。


「おっと、いかんな、早くみりんを作らなければ」


 欲望を無理やり押し込めて、俺は炊事場へと足を向ける。

 今日は夕食前にヨウコへ“みりん”の作り方を教える予定だ。

 とはいえ、本格的なみりんではない。現実世界では自作は色々と面倒なアレなので、もちろん市販品を使っていた。

 今回作るのは、いわゆる代用品──みりん風調味料だ。

 作り方は簡単。

 酒と砂糖を3:1で混ぜる。

 以上。


 「早いのです」


 酒と砂糖で調整すればいいって? 

 実際そうなんだけど、あると便利ってだけさ。


 「今日はこれを使って、ドド肉の治部煮を作ろうと思う。こいつはわさびって言う調味料を使うんだ、こういう葉っぱでさ」

 「あ、その葉っぱは!」

 

 お、さすがヨウコ。知っていたか。

 そう、これは葉わさび。渓流沿いに生える山菜で、本来は山奥の清流近くにしかないはずの代物だ。

 それがなんと、この水車小屋の近くに自生していたのだから驚きだ。

 昔ばあちゃんが採ってきていた記憶もある。だから扱いは慣れたものだ。

 もちろん、根の方も確保済みである。

 すりおろせば、あのツンと鼻に抜ける辛味──本物のわさびになるやつだ。


「それも食べられる野草なのです。よく茹でてお醤油をかけて食べるのですね」

「こいつは軽く茹でて、塩で揉み込み、しばらく置くと風味の強い調味料になる」

「え?」

「え?」

 

 おや、お互いに食べ方が違うようだな。

 だが今回は辛味成分を最大に発揮して食べてもらうぜ。なぜなら、こいつを見つけたからな。


「今回は見つけたこいつを使う」


 俺が見つけたものは透明の瓶。

 しかもそこそこの大きさでコルクの蓋が付いている。

 この村の容器は陶器が多いので、ガラス製品は珍しい。せいぜい油屋の高級な髪油くらいでしか見かけない代物だ。


「まず、この葉わさびをよく洗って根元を落とし3㎝くらいの幅に切る。お湯を沸かして、そこに水を少し入れ冷ましたら、この葉わさびをさっと茹でる、そしたら塩でよく揉む」


 沸騰したお湯ではなく、だいたい80度位。

 それでも熱いがこの作業が辛味を最大限に引き出す方法だ。


 しばらくすると……。


「きたきた、この鼻を抜ける香り」

「お、お鼻がツンとするのです」


 そしたら、水気を絞り、瓶に入れて密閉する。

 これで蒸らし効果を得て、香りを閉じ込めるのだ。


 30分から1時間ほど常温で置くと辛みと香りが安定する。


 さて、今日の夕食はこれを使った葉わさびの醤油漬けだな。


 小鍋に醤油、さっき作った“みりんもどき”、酒、砂糖を投入。

 中火で加熱し、ぐつぐつと沸騰したら弱火へ。アルコールを飛ばしきったら火を止める。


 あとは粗熱を取るだけ。

 「よし、これで漬けダレは完成だな」

 葉わさびと合わせて密閉、冷蔵庫へ。

 夕食の頃には、ちょうどいい塩梅に仕上がっているはずだ。


 さてと、夕食の買い出しに行きますか。

 

 治部煮に必要なドド肉を買った後、醤油屋に寄っていく。

 今日のみそ汁は豆腐の予定だからな。


 相変わらず、醤油屋は繁盛している。


「いらっしゃい、お、エイタの旦那じゃねえですかい」


 小豆洗い子分が俺に気づいて近づいてくる。


「相変わらず、繁盛していますね」

「いやあ、これも旦那のおかげですよ、ほら、あの料理本あれのおかげでさあ」


 なんでも、最初のうちは豆腐が売れていたのだが、次第に落ち着いてきてしまい、売れ残るという事態になってしまった。


 そこに登場したのが料理本。それを見た小豆洗い女将が即座に油揚げを作った。


 さらに……。


「こいつが俺たちの新作、揚げ豆腐でさぁ」

 

 目の前に出されたのは、こんがり茶色の豆腐。

 つまり――厚揚げだ。


 なるほどな……日持ちしない豆腐の欠点を補い、かつ客にとっても目新しい。


 丁度いい、こいつも治部煮の材料にしよう。


「豆腐と、あと、その厚揚げ豆腐をください」

「あいよ、毎度あり!」


 やるじゃないか醤油屋。いや、この世界の妖怪たちは思った以上に柔軟だ。

 ――俺が少し知識を出しただけで、ここまで進化するとはな。

 料理ってのは、こういう“化学反応”みたいな広がりが面白いんだよ。


 屋敷に戻った俺たちは、早速夕食作りに取り掛かる。


 まず、にんじんは5㎜位の輪切りに、下処理したたけのこは短冊切りにしておこう。椎茸も入れるので、乾燥したものを水で戻しておく。


 小さな鍋でお湯を沸かし、にんじんは下茹でしておき、この時に厚揚げ豆腐も入れ、軽く油抜きしておこう。


 鍋にだし汁と醤油、酒、砂糖、そして今日作ったみりんもどきを入れる。


 そこに野菜を先に入れ、3分ほど煮る。

 切った厚揚げ豆腐を入れさらに3分煮る。


「いつもと順番が逆なのです」

「お、気が付いたか、普通、肉とかを先に火を通すだろ」


 一口大に切ったドド肉に片栗粉をまぶして鍋に入れていく。

 この時、必要以上に鍋をかき混ぜない。肉についた衣がはがれてしまうからだ。


 治部煮はかたくり粉や小麦粉を肉にまぶして煮込む料理。

 その衣がはがれないように最後に入れるのである。


 完成した治部煮を器に盛って、俺は最後の仕上げに入る。


「治部煮に欠かせないのは、やはりこいつだよな」


 俺はそういうと、すりおろしで今日採って来たわさびを擦り始める。

 一応、苦手かもしれないので別皿には取るが……。


「よし、完成だ」


本日の夕食

ご飯、豆腐の味噌汁、ドド肉の治部煮、葉わさびの醤油漬け、きゅうりとナスの漬物



「「「「いただきます」」」」


「む、なんじゃ、この緑色の物は」


 最初に反応したのはオウカだった。視線の先には、小皿に盛られたわさび。


「こいつはわさびって言う調味料でな。この治部煮を食うときに少量つけて食うといいぞ。まあ、刺激が強いから、苦手ならつけなくても……っておい」

 

 オウカは俺が説明する前にがっつりとわさびを乗せて、治部煮を口に運ぶ。

 口に入れた瞬間……。


「むううううううう!?」


 すぐさま、腰に下げていたひょうたんの酒で流し込んだ。


「何じゃこれ、鼻がツンってするぞ、毒か!?」

「いや、刺激が強いからって言っただろう」

「……これ好き、美味い、ご飯が進む」


 一方カナメは器用に少量取ると、治部煮につけ食べている。葉わさびも難なく食べている。


「ツンとするけど、これが癖になるのです。……はっ、もしかしたらこのわさび、お稲荷さんとも合うかもしれないのです」

 

 ヨウコも問題なく食べている。むしろ新たなお稲荷さんのレシピを思いついたようだ。


 一方のオウカは、先ほどの大量わさびが効いたのか警戒気味になり、今度は葉わさびに挑戦していた。


「ぬわ、こっちもツンとする……が、そこまでではないのう」


 葉わさびは気に入ったのか、ご飯、葉わさびのループでバクバク食べている。


「このわさびとやら、こいつは酒が欲しくなるのう」


 オウカはひょうたんを卓に置き、どこからか盃を取り出した。

 

 あ、分かる。日本酒とわさびって妙に合うよな、刺身とかさ。


 俺はオウカの酒を飲んでいる姿をじっと見つめていた。


「何じゃエイタ、飲みたいのか?」

「ん、あ、ああ、だけどさ」

 

 さすがに借金している身で飲むわけにいかんでしょ。

 と、思っていたら、オウカがもう一つの盃を持ってきて俺の前に置き、酒を注いでくれた。


「構わん、飲め。カナメは飲めんし、ヨウコは酒が弱いしのう、共に飲むやつがおらんのじゃ」

「……お酒嫌い」

「はわわ、ごめんなさいなのです」


 正直、借金の身で酒を飲むのはどうかとも思ったが――盃を前にしては、抗えなかった。


「……それじゃ、いただきます」


一口含む。


 瞬間、舌を焼くような強い酒精。しかしその奥に、濃厚な米の香りと甘みが広がっていく。喉を通ったあとも、芳醇な余韻が残り続けた。


 現実世界では味わったことのない酒の味に思わず俺は。


「うめえ」


 素直な感想を漏らした。それだけにこの酒は美味かった。

 俺は盃に残った残りの酒も一気に飲み干す。確かにこれはわさびと合うなぁ。


「そうじゃろそうじゃろ、この1番の酒は妾の秘伝の酒でのう、自信作なんじゃ」


 そういえば、1番酒を常飲しているんだったな


「まあ、まだ1番じゃ、裏以降の酒はそう簡単に飲ませてはやれんがのう」

「ん、裏の酒?」

「裏の酒というのはですね。限られたお客さんにしか出さないお酒です。以前に買いに来た方がいたのですが、それはもう目が飛び出るくらい高いお酒なのです」


「マジかよ……」

 今飲んでいるこれ以上の酒があるというのか。

 異世界の酒、恐るべし――。


 美味しい夕食と、久しぶりの酒にとても満足した夕食だった。


「「「「ごちそうさまでした」」」」

鶏肉の治部煮レシピ(2〜3人分)

材料

鶏もも肉 200〜250g

にんじん 1/2本(約5mmの輪切り)

たけのこ(水煮) 80g(短冊切り)

干し椎茸 2〜3枚(水で戻す)

厚揚げ豆腐 1/2枚(一口大に切る)

だし汁 200ml

醤油 大さじ2

酒 大さじ1

砂糖 小さじ2

みりん 大さじ1

片栗粉 適量(鶏肉にまぶす用)

わさび 適量(お好みで)


葉わさびの醤油漬けレシピ

材料

葉わさび:100g

醤油:50ml

みりん:大さじ1

酒:大さじ1

砂糖:小さじ1(お好みで)


※作中では80℃くらいで茹でていたが沸騰したお湯をかけるだけでも良い。

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