妖怪の村
……俺は死んだはずだよな。
自分の体を見るが、傷一つついていない。
確かに俺はあの時、トラックに潰されたはずなのに。
……ああ、もしかすると、これは異世界転生ってやつなのか?
あ、でも、手の火傷とかはそのままだから、転生じゃなくて転移になるのか?
もしかすると、凄いステータスや強いスキルで俺TUEEEEできるってことか?
俺はそういう異世界ものが好きで、よく読んでいた。よし、早速確認しなくては。
「ステータス!!」
……シーン。
何も出ない。
「スキル、オープン!」
反応なし。
「ファイアボール!!」
当然、火の玉なんて出るわけもなかった。
スキルもねえ、魔法もねえ、ステータス画面は見たことねえ。
おら、こんな異世界嫌だ。
……うん、とりあえず状況を確認しよう。
「場所は……屋外。周りには……」
俺は周囲を見渡したが、少し霧がかっていて遠くまでは見えない。
そんな霧の中、見慣れたものを発見した。
「これは……鳥居!? しかも、これ……」
俺はこの鳥居に見覚えがある。
俺の店の近くにある神社の鳥居だ。実家に戻ってきた時にお参りをしたので覚えているが、傷も、色褪せ具合もまったく同じだ。
唯一違うのは、周りには鳥居だけしかなく、社が一つもないことだった。
「とりあえず、この道を進んでいけば何か見つかるかもな……」
俺は鳥居の先に続く、土と草の道を進んでいく。
あいにくスマホはない。この世界には持ち込めなかったようだ……。
服は持ち込めてるじゃないか。ついでにスマホも持ち込ませてくれよ。
まあ、持ち込めても使えないだろうけどな。
現実の世界なら、信号が見えて俺の店も見えるはずだが、そんなものは一切見当たらない。
代わりに見えてきたものは――。
「あ……家だ」
霧が少し晴れて見渡しやすくなったのか、なんとか家を見つけることができたが……。
その家は古かった。相当古かった。
例えるなら、漫画やゲームでしか見たことがないような、木の壁に藁葺き屋根の家。少し離れた場所には井戸も見える。
まるで昔の時代にタイムスリップしてしまったような感じだ。
「日本にもこういう家はあるけど、文化遺産並みに古いな……」
ガラッ!
突然、近くの家の戸が開いた。
ちょうどいい。ここがどこか聞いた方が早いな。
「あ、すみません。ここはどこで――」
そこまで言って、俺は固まった。
戸口から出てきたのは、身長2メートル近い大男。
だが問題は大きさじゃない。
赤い肌。額から突き出た2本の角。
まるで昔話に出てくる赤鬼そのものだった。
「おう、なんだ。おめえさん、見ねえ顔だな」
赤鬼は俺を警戒するように睨みつけてくる。
その右手には血まみれの大ぶりな鉈。左手には……絞めたニワトリに似た鳥。
「うわぁあああああ!!」
俺は情けない声を上げて、その場から逃げ出した。
……いや、そりゃ逃げるって。
あんな怖いもん見せられちゃ、誰だって逃げるって。
俺の情けない悲鳴を聞きつけたのか、他の家の戸も次々と開かれた。
額に目が付いた男。
蛇のような瞳と鱗を持つ女。
緑色の肌に鳥みたいな嘴をした男。
どいつもこいつも、人間じゃない。
まるで、妖怪の集落だ。
異世界転移。
それ自体はいい。ロマンはある。
だが、よりにもよってスタート地点が妖怪の村とか聞いてない。
チュートリアルくらい人間の町にしてくれ。
だが意外なことに、先ほどの赤鬼はおろか、他の妖怪達も追ってくる気配はない。
「おわっ!」
「ふぎゃ!」
後ろばかり気にして前を見ていなかったのがまずかったのか、何かにぶつかった。
「なんじゃ、おぬしは!? 危ないのう」
「あ、いや、ごめん」
尻もちをついた相手を見て、俺は思わず息を呑む。
白い着物。
腰まで届く艶やかな黒髪。
雪のように白い肌。
年は20歳前後だろうか。
息を呑むほど綺麗な少女だった。
……額に角さえ生えていなければ。
「え、鬼……?」
だが先ほどの赤鬼とは違う。
肌は普通の人間と同じ色で、どこか神秘的な雰囲気を纏っていた。
腰にはヒョウタンがぶら下がっている。
その時。
ギギギギギ……。
「ん?」
その時、鬼の少女が運んでいた荷車の樽が軋みを上げ、荷車から滑り始める。
さっきぶつかった時に、荷車を勢いよく放してしまったのが原因だろう。
「わわわわわ、待て、待つのじゃ!!」
鬼の少女は必死になって支えようと駆け寄るが、時すでに遅く――。
ガシャアアアアアン!!
荷車から落ちた樽は、地面に叩きつけられた衝撃で割れ、中身を辺り一面にぶちまけた。
中身は酒なのだろう。強いアルコールの匂いが辺りに漂う。
「わぁあああああ!! 妾の酒がぁあああああ!!」
「あ……えっと……ごめん」
運んでいたのは彼女だとはいえ、ぶつかったのは俺だ。
俺は素直に謝ったが、相手は妖怪。このまま食われるんじゃないか?
「よくも、妾の酒を!!」
少女が右腕を振り上げた瞬間。
手首の周囲に光る文様が浮かび上がった。
突如、少女の着物の袖の下から数本の鎖が飛び出し、生き物のようにうねりながら、俺の腕、胴、足へと絡みついてくる。
「おわっ!? な、何だこれ!?」
俺は鎖を掴んで引き剥がそうとするが、びくともしない。
「ふんっ!」
鬼の少女がさらに腕を振るうと、俺の体は空中へ持ち上げられ、そのまま――。
「ちょ!? ま、待って――」
受け身を取る間もなく地面に叩きつけられ、俺の意識はそのまま暗闇へと落ちていった。




