豆と豆腐と豆腐料理
朝ごはんはいつもの厚焼き卵に焼き魚と漬物を添えて。
昨日は天ぷらだったからな、こういうあっさりとした朝食が染みる。
「ふぅ……今日もいい朝だな」
午前中の家事を手早く片付け、さて今日は甘味でも作ってみるか――と考えていた、その矢先だった。
「おう、旦那、ちいと来てくれねえかい」
あれは小豆洗い大将の子供、小豆洗い子分とでも呼ぶべきか。俺は小豆洗い子分に呼ばれ、醤油屋へと向かった。
「な、なんだこの人集り、いや妖怪集りは」
そこに広がっていた光景は、もはや百鬼夜行そのものだった。
醤油屋の前には所狭しと妖怪たちが押し寄せ、店先からあふれた者たちは外にまで列を作っている。
「さあさあ、試しに食ってみてくれ」
店先では小豆洗いの子分が、皿の上に小さく切った豆腐を並べていた。
――試食、というやつか。
未知の食べ物は敬遠されるが、一度口にすれば印象は変わる。実に合理的なやり方だ。
「おお、旦那ぁ! よく来てくれた。見てくれ、大盛況だぜ」
「はは……いや、昨日教えたばかりですよね?」
それなのにこの客の数だ。どうやら昨日の夕刻、盛大に宣伝を打ったらしい。
人も妖怪も、こういう珍事に対して妙に敏感だ。
「とりあえず表はごった返してるんで、裏から入ってくだせえ」
俺は裏口から店内へと案内された。
店内は従業員があわただしく動き、お客さんの対応をしている。
すげえな、豆腐一つでこんなにお客さんが来るとは。
「おう、エイタ、よく来てくれたぜ。すげえだろ、大盛況だ」
「ははは、俺もこんなに来るなんて予想外ですよ」
豆腐が売れれば、それを食べる時に使う醤油も売れる。みそ汁の具材に使うなら、味噌が売れる。まさにいいこと尽くしだな。
しかし、繁盛の裏には悩みも付き物だ。
「たくさん売れるのはいい事なんだがよ。こいつを見てくれ」
「これは……おから、ですか」
豆腐を作る際に出るおから。現実世界だとお豆腐屋さんでお安く売っている記憶があった。
確かに豆腐は醤油をかければすぐ食べれる。しかし、おからはそのまま食べることはできるが、お勧めはできないよな。
「あまりに多すぎて、アカシの所にはタダであげたんだがよ、それでも使いきれねえんだよ。さすがに捨てるのも忍びねえしよ」
それは俺も同意だ。
俺が嫌いなことは“食べ物を粗末にする”ことだからな。
昔ご飯を残したらばあちゃんに怒られたことがある。お米には7人の神様が宿るって言っていたよ。俺はそれ以来、好き嫌いもなく育ってきたからな。
そうだな、卯の花の作り方を教えた方が良いかな……。
いや、もっといいものがあった。あれならここで作って販売してもらえるし、おからを買って、各家庭でも作れる。
「すみません、店先で料理とかできますか?」
「なに? 店先でか? 七輪使えば出来ると思うが」
「では、七輪とこちらの平鍋に3分の1ほど、油屋でなたね油をお願いします。あと、にんじんとネギと卵、あとベタイモを」
俺の指示を聞いて小豆洗い子分たちはポカンとしている。それを見た大将はすぐさま指示を飛ばす。
「おう、おめえら聞いていただろ! にんじんとネギと卵はうちにある。なたね油とベタイモ買ってこい」
「へ、へい、おやじ!!」
子分たちはすぐさま走り出した。買って来る間に準備してしまおう。
俺は醤油屋の店先の台でにんじんを千切りに、ネギを小口切りにする。
子分の一人が火のついた七輪を用意してくれた。
俺の店先での料理に客の何人かが足を止めてみている。
子分の一人がベタイモを、もう一人がなたね油の入った平鍋を持ってきた。
よし、準備完了だ。
周囲の視線が、じわじわと集まってくるのを感じた。
「なにが始まるんだ……?」
「料理だと?」
「さあさあ、お客さん寄ってらっしゃい見てらっしゃい。今から、この豆腐を作る時に出た“おから”を使った料理をご紹介します」
俺は醤油屋の調理場から借りてきた器具を準備し、七輪で油を温める。
油は揚げるのではなく、揚げ焼き程度なら、初心者でも問題ないだろう。
「まずはにんじん、ネギを細かく刻んだら、このベタイモをすりおろしてください」
すりおろしたベタイモを水の中にまぜ、しばらく放置して、水とかたくり粉に分ける。
「この外れと言われたベタイモ、こうするとかたくり粉というのが取れるんです。ジャガイモでも取れるんですが、このベタイモは取れる量が段違いなんですよ。おまけにお安いですからね」
ここで俺はおからを取り出した。おからに先ほど切ったにんじん、ネギ、卵、かたくり粉を入れ、水で調整しながら混ぜ合わせる。
「このかたくり粉は食材同士をつなぎ合わせる効果があるんですよ、ほら、ボロボロと崩れるおからが崩れずに形を保っています」
混ぜ合わせたものを小判状に形を整える。
油の温度は、丁度いいようだ。
「そして、こちらはなたね油、髪油の中でも安いけどあまり質が良くないって聞きました。でも、こんな使い方もあるんですよ」
小判状のおからを油の入った平鍋に投入する。じゅわじゅわと音を立ておからを揚げ焼きにする。
「この油は非常に熱いので、絶対に触れないでくださいね。もし、油を捨てるときは、冷めてから紙などで拭いてください」
片面を焼いたらもう片方、こんがりとしたきつね色になればもちもち食感のおからがんもどきの完成だ。
「あらあら、とてもおいしそうねえ、これなら簡単に作れそうよ」
「焼きあがったら、お好みで醤油などをかけて召し上がってください。あと、おからだけじゃなくて、潰した豆腐を混ぜるとフワフワになりますよ」
丁度いい、味見をしてもらおう。その反応で他のお客さんを呼ぶのだ。
「あら、これとても美味しいわ。うちの旦那、お酒が好きだから、酒の肴に丁度いいわね。今度作ってあげましょう」
女性小豆洗いの横で大将が照れくさそうにしている。
いや、お前の嫁だったんかい。小豆洗い大将の嫁、そうだな、女将と呼ぶべきだな。女将の反応で先ほどまで足を止めて見ていただけのお客さんが、おからを買い始めた。
俺は揚げ焼きにしたおからがんもどきをお客さんに試食してもらった。
おかげでおからも売れ行きは好調だ。
作り方を覚えてくれた小豆洗い女将に後は任せて、俺は屋敷に戻らないと。
「ああ、ちょっと待ってて、ねえ、あんた、あれ持たせてやんな」
「おっと、そうだったな、エイタこれは色々と世話になった例だ、持って行ってくれ」
桶にたくさん入った豆腐をいただいたぞ。丁度、買おうと思っていたからな。それに、おからがんもどきも店先に並ぶかもしれない
「また来てくれよな、お前さんとこは特別安くしてやるからよ」
そろそろ昼食の時間だからな、この豆腐を使って何か作ってやるとしよう。
***
豆腐を貰ったので、これを使って昼食を作ろう。
いや、まさか異世界で豆腐が食えるとは。大豆はいろんなものに変化するからな。この調子でいけば納豆も……。
いや納豆は絶対ダメだ。俺が嫌いとかそういう理由ではない。
――納豆菌が問題なんだ。
オウカが酒蔵をやっている以上絶対持ち込んではいけない菌だ。残念だが、豆腐までで我慢しよう。
しかし、豆腐は足が速い。現実世界ではパックに入っていることが多いため、最大で5~7日位持つが、この豆腐はせいぜい1~2日だろう。
食べきれない分は、加工する必要がある。
昼食と夕食の分、量によっては明日の朝食も考えないとな。
まずは昼食のみそ汁の具に入れる。それから醤油屋で作ったおからがんもどき、うちではにんじん、ネギの他に椎茸を刻んで入れておいたぞ。
そして、メインはというと……。
「ドド肉を細かくするのですね」
「ああ、とにかく細かいひき肉にしてくれ」
ヨウコと二人でドド肉をひき肉にする。ひき肉にしたドド肉に塩、卵、みじん切りにした玉ねぎ、かたくり粉、潰した豆腐、すりおろしたショウガを入れ混ぜ合わせる。
「これくらいの大きさにして、左右の手で空気を抜くんだ」
俺は左右の手でキャッチボールをして空気抜きをする。隣でヨウコも俺の真似をして空気抜きをする。
平鍋に油を垂らし、焼き揚げるのだが、強火にすると表面だけ焼けて内部が半生なんてことがある。
蓋をして中火にし、蓋をして蒸し焼きにすることで内部までじっくりと火を通すことができる。
味付けはおろしぽん酢にしたいところだが、柑橘系がないのでおろし酢醤油にしよう。
「お待たせ、今日は豆腐尽くしだぞ」
「おお、前に言っていた豆腐とやらか、して、どれが豆腐じゃ?」
「そのみそ汁に入っているのが豆腐だ」
今日の昼食
ご飯、豆腐の味噌汁、ドド肉の豆腐ハンバーグ、おからがんもどき、ナスの漬物。
「「「「いただきます」」」」
「んん? よく味が分からんぞ? でも、こっちは美味いな!!」
味噌汁じゃ豆腐の味は分からなかったが、がんもどきの方は気に入ってくれたようだ。豆腐はまだまだあるからな、遠慮なく食ってくれ。
「……この豆腐ハンバーグ、好き、美味い」
「ドド肉をあんなに細かくしてどうするのかと思ったのですが、これは美味しいのです」
今日は本当に色々なものに使えるよな。今回のハンバーグはドド肉だったけど、本当は牛や豚がいいんだよな。この世界にいるかな……、いや、きっといるはずだ。
「ところで、エイタ、甘い物はいつ作るのじゃ!?」
「甘い物か、そうだな……」
そういえば、作るって約束してやったっけな。しかし、米粉だから、もち粉よりも固くなってしまうんだよな……。いや、待てよ、豆腐を使えばいいのではないか?
「そうだな、今日の3時くらいに茶を飲みつつ甘い物の時間とするか」
「おお、楽しみじゃのう」
「「「「ごちそうさまでした」」」」




