ジョニーと牛丼
「へい、エイタ! やっぱりギュウドンは最高だネ」
そう言ってチェーン店のテーブルで牛丼を美味しそうに食べているのは職場の同僚のジョニー。
みんなジョンと呼んでいるし、本人も気軽にジョンって呼んでくれと言っているので俺もそう呼んでいる。
「エイタ、やっぱり日本人はクレイジーだネ。こんなグッドテイストなものを作るなんてサ」
「まあ、牛丼は昔から日本で愛されているからな」
実際、日本には牛丼チェーンがそこら中にある。
駅前にも、ロードサイドにも、ショッピングモールにも。
下手をすると「近くのコンビニ」と同じくらいの感覚で見つかると言っても大げさじゃない。
「そう、始まりは、明治時代に文明開化で広まったギュウナベがルーツだって言われているのサ。醤油、砂糖、みりんの甘辛いつゆで煮て熱々のご飯に乗せるのが特徴さ」
「いや、何でそんなに詳しいんだよお前!?」
ジョンは時々、日本人より日本史に詳しい。
外国人なのに、妙なところで知識量がおかしいのだ。
きっと、それだけ日本という国が好きなんだろう。
「トッピングも多くてさ。彼女と食べに来るたびに色々なトッピングを試しているのサ」
そう言ってスマホを見せてくる。
画面には牛丼と、それを幸せそうに食べるジョン。
そして、その隣にはモデルみたいな美人の彼女。
……はいはい、ごちそうさま。
そのドヤ顔ごと牛丼に沈めてやろうか。
「でもサ、エイタ! 僕は一つ許せないことがあるんだよ!」
「お、珍しいな。日本のとんでも文化をなんでも受け入れるジョンにも許せないことがあるのか」
そう言ってジョンはテーブルに置いてあるメニュー表をパラパラとめくり始めた。そこにはトッピングの欄がずらりと並んでいる。
その一つを指さし、ジョンは声を荒げた。
「なんなのサ! この温泉卵って! この店に温泉はないじゃないか!?」
「いや、そこかよお前!?」
このジョン。実は大の温泉好き。アメリカからさっきの彼女を連れて温泉巡りをするほどだ。
しかし、前回は生卵にキレて、今回は温泉卵にキレている。どんだけ卵にキレてんだよ、こいつは。
「昔は温泉の熱を利用して作ってたから、その名前が残ってるだけだよ」
「オォ……つまりこれは温泉じゃない温泉卵……?」
「そういうことだ」
ジョンは腕を組み、真剣な顔でメニュー欄の温泉卵を見つめる。
「じゃあ、この牛丼も温泉で作ってないのに温泉牛丼じゃないのは、ちょっとアンフェアだネ」
「どこがアンフェアなんだよ!」
「とにかくサ。今日はこの温泉卵をトライしてみようかと思うんだ」
「なんだ、まだ試したことがなかったのか」
これは意外だったな。てっきり全部試したのかと思った。
「仕方ないだロ。この温泉という言葉が気になって夜しか眠れないんだよ」
「いや、それぐっすり寝てんだろ」
「しかも、寝る前は彼女と通話してからアイラブユーって言って眠るのさ」
「その情報いる?」
わざわざ追撃してくるな。
いまだソロプレイ継続中のおひとり様に対する嫌味か。
俺のライフはもうゼロなんだが。
「ははは、君がソロだって? 何を言っているんだ。そこに着物を着たビューティフルガールがいるじゃないか」
「は? 何言っているんだよお前」
「おいエイタ! 妾は腹が減ったぞ。さっさと飯を作るのじゃ」
振り返ると俺の隣の椅子にオウカが腰かけていた。
しかも店員から水まで受け取って、すっかりくつろいでいる。
「……は? なんでお前がここに?」
「エイタ。水臭いじゃないカ。こんなヤマトナデシコどこで知り合ったんダ」
「いや、こいつは、俺が今住んでいるところの主で」
そこまで言って、ふと違和感が頭をよぎる。
……待て。
なんで俺、牛丼屋にいるんだ?
そうだ。今の俺はオウカの親父さんの家に泊まっていて――。
そこまで考えた瞬間、現実と記憶がぐにゃりと混ざり始めた。
***
そこで目が覚めた。
なんだよ、またジョンの夢かよ。何で異世界に来てまであいつの夢を見ないといけないんだ。
……まあ、もう会えるか分からないから、たまには見させてくれても構わないけどさ。
寝起きで状況判断が出来ない頭を無理矢理起こす。
ああ、思い出した。昨日は油屋で解散した後、風呂屋に行ってそのままこの屋敷に戻ってきたら泥のように眠ってしまったんだっけ。
しかし、今更ながらとんでもない事を受けてしまったな。
俺は布団から出て着替えを終えると炊事場へと向かった。
「おはようございます。エイタ殿」
「おはようございます。スクナヒコさん」
ちょうど、炊事場へと向かう廊下でこの屋敷の料理番スクナヒコさんに会った。
「いやいや、エイタ殿。あなたはこの屋敷のお客人。あなたの手をお借りするわけには……」
スクナヒコさんはそう言っているがどうやら手遅れだったようだ。俺の後ろからまた一人増援がやってきた。
「おはようございますなのです」
「むむ、ヨウコ殿まで……」
「俺は別に構いませんよ。それにみんなで作った方が早く済みますし、その分を稽古に回してください」
今日は相撲大会の準決勝戦なので、スクナヒコさんに朝食作りを休んでもらいたいところだ。
しかし、俺の心配をよそにスクナヒコさんも朝食づくりのため炊事場へ向かう。
とりあえず、今日の朝食は何を作ろうか……。いつもなら前日に何を作るのかある程度決めるのだが、今日は何も考えていない。さて、どうしたものか。
冷蔵庫を覗くと竹の葉に包まれた肉塊が入っていた。開いてみると見事な赤身肉、所々にわずかなサシも見える。これはギャウルの肉なのだろう。
ちょうどいいな。夢で見たあれを作るのもいいだろう。
「朝食は牛丼にしましょうか」
「ギュウドンなのです?」
「丼という言葉が付くということはご飯の上に乗せる料理のことですかな」
さすがスクナヒコさん察しがいいな。その通りだ。
しかも、簡単に作れる。
いや、しかし、ギャウルの肉を使うということは牛丼ならぬギャウ丼と言ったところだろうか。
ヨウコにみそ汁の準備をしてもらい、スクナヒコさんはだし巻き卵。俺はギャウ丼の準備をすることにした。
この大きな塊肉を牛丼に使うのはなかなかもったいない気がするが仕方がない。
玉ねぎは薄切りにし、一口大に切っておく。
鍋に砂糖、醤油、酒、水を入れ、玉ねぎを加えたら中火で5分ほど煮る。
ギャウルの肉をほぐして加え、アクが出たら取り除き、火が通ったら3分ほど煮て味をなじませる。
「牛丼、いや、ギャウ丼の完成です」
「ギャウ丼?」
「むむ、ずいぶんと早く完成するのですな」
そう、それが牛丼ならぬギャウ丼のすごいところだ。
安い、早い、美味い。この三拍子がコンセプトの料理である。
「こちらも完成しましたぞ!」
スクナヒコさんは完成しただし巻き卵をまな板に移して切り分けていく。
同じくヨウコの方も完成したようだ。
「そろそろハクオウ様たちが起きてくる頃です。準備をしましょう」
俺たちは全員分の朝食を準備していると、ハクオウさんたちが起きてきた。
「さあ、朝飯じゃ。今日の飯は何かのう」
「む? エイタ。これはなんじゃ?」
オウカが不思議そうな顔をしてギャウ丼を指さす。
「そいつはギャウ丼だ」
「ギャウ丼じゃと? つまり、こいつはギャウルの肉というわけか」
ハクオウさんは興味深そうにギャウ丼を見ている。
さて、全員揃ったのでいただくとしますか。
本日の朝食
牛丼(ギャウ丼)、キャベツのみそ汁、だし巻き卵、大根とカタオ節の浅漬け
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
早速オウカはギャウ丼を頬張る。そして、口に入れた途端満面の笑みを浮かべた。
「おお、こいつはなかなか美味いのう!」
「ほう、まるですき焼きを乗せて食っている様じゃのう」
どうやらハクオウさんも気に入ってくれたようだ。
しかし、カナメは一口食べるとその手を止めた。
「……」
「どうしたカナメ。もしかして口に合わなかったか?」
何でも好き嫌いなく食べそうなカナメだが、まさかギャウルの肉は食えないのだろうか?
いや、すき焼きは普通に食っていたし……。
「……エイタ。生卵ちょうだい」
「ん? 生卵か?」
カナメはこくんと頷く。なるほど、やはりカナメはよく分かっているな。
俺は冷蔵庫から卵を取り出す。一応念のため卵を人数分持っていく。
「ほう、気が利くではないか。我も欲しいと思っていたところだ」
やはりというべきか、ハクオウさんも生卵を取るとギャウ丼の上へと落とした。
いや、ハクオウさんだけではない。気が付けば全員生卵をギャウ丼の上へ落としている。
「おかわりだ!」
ハクオウさんはもう完食してしまったのか、おかわりを要求してくる。
大丈夫、こういうことは想定内だ。ご飯もギャウ煮も多めに作ってある。
俺はご飯をよそいギャウ煮を乗せ、ギャウ丼をあっという間に完成させる。
「お待たせしました。どうぞ」
「む、早いな」
「エイタ。妾の分もよそうのじゃ」
さらにオウカの分もよそう。スクナヒコさんは自分でおかわりをしたようだ。やはり今日の準決勝戦に出る力士なので食わないと力が出ない。
さらにハクオウさんは2度目のおかわりをしたところでギャウ煮は完売御礼となったようだ。
「「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」」




