第43話 隼斗、呆れる
「龍馬様!」
張り詰めた空気を切り裂くように、揚羽の叫びが道場に響いた。
その視線の先――
龍馬は、両足を大きく開き、深く腰を落としていた。顔の前で腕を交差させ、隼斗の放った“気”の奔流を、真正面から受け止めていた。
見えぬ衝撃が絶え間なく叩きつけ、畳が軋み、空気が唸る。
それでも龍馬の体は、崩れていなかった。
「揚羽……心配はいらない」
低く、しかし確かな声。
振り向きもせずに放たれたその一言に、揚羽ははっと息を呑む。
やがて、ゆっくりとその表情が緩んだ。
「……はい」
胸に手を当て、小さく安堵の息を吐く。
一方で――
激流のような攻撃を受け止めきった龍馬は、静かに腕を下ろした。
「……すまなかった」
ぽつりと、呟く。
「少し、君の力を見誤っていたようだ」
その言葉に、隼斗の眉がわずかに動く。
「約束通り――ここからは、本気でいこう」
そのとき初めて、龍馬の立つ位置がはっきりと示された。
先ほどまでの地点から、およそ二メートル――
確かに、後ろへ押しやられていた。
「……へえ」
隼斗の口元に、満足げな笑みが浮かぶ。
龍馬はゆっくりと、学ランのボタンに手をかけた。一つずつ、無駄のない動作で外していく。
やがて、すべてを外し終えると――
躊躇なく上着を脱ぎ捨てた。
白い布が宙を舞い、道場の端へと放られる。
次の瞬間。
――ドンッ!
畳に叩きつけられたそれは、衣服とは思えぬ鈍い音を響かせた。
「……おいおい」
隼斗が思わず苦笑する。
「何だよ、その学ラン。どんだけ重けりゃ、そんな音が出るんだよ?」
半ば呆れたように問いかけると、龍馬は何でもないことのように答えた。
「約一〇〇キロだ」
「……は?」
間の抜けた声が漏れる。
「一〇〇キロ……だと?」
「そうだ。鍛錬用に、特殊な金属を織り込んである」
あまりにも平然とした口調。
だがその内容は、常識から大きく逸脱していた。
「……はは」
隼斗は頭をかき、乾いた笑いを漏らす。
「もう驚くの通り越して、呆れてきたぜ……」
視線の先。
白のタンクトップ一枚となった龍馬の上半身には、無駄のない筋肉が浮かび上がっている。その肉体は、先ほどまでの余裕すら“重り付き”でのものだったことを物語っていた。
そして今――
その枷は、外れた。
空気が変わる。
重さの質が、明らかに違う。
隼斗はゆっくりと息を吐き、拳を握り直した。
「……いいね」
その目は、さらに強く輝いていた。
「やっと、面白くなってきたじゃねえか」




