処刑延期と聖女の異変
――聖女が目を覚ました。
その言葉が頭の中で何度も繰り返される。
(やっぱり……流れが変わってる)
原作とは違う動き。
嫌な予感と期待が混ざり合い、胸が落ち着かない。
ベネディクト様が静かに口を開いた。
「フェリシア。君に伝えなければならないことがある」
(え? なに?)
婚約破棄?
それとも――処刑確定!?
心臓をばくばくさせながら姿勢を正す。
「……はい。なんでしょうか」
さっきまでの柔らかな空気は消えていた。
そこにいるのは、氷の第1王子。
声音は硬く、言葉は刃みたいに冷たい。
「君は昨日、処刑される予定だった」
「……はい」
「だが現在、処刑は延期されている」
私は思わず息を止めた。
――延期。
つまり、まだ生きている理由がある。
「本来であれば、君の処刑後、聖女は王城へ移送され、国王へ正式に引き渡される予定だった」
(……え?)
「聖女はそれまで専属騎士によって護衛・保護されていた」
淡々と説明が続く。
正直、情報量が多すぎて頭が追いつかない。
メモが欲しい。
「だが処刑中止によって現場が混乱し、護衛体制が一時的に崩れた」
ベネディクト様の表情がわずかに険しくなる。
「その隙に、聖女が毒を所持していることが発覚した。飲み込もうとしたところを騎士が制止し、命に別状はない」
(えぇぇぇ!?)
原作にはなかった展開だ。
完全にシナリオがズレている。
「現在、この件について調査中だ。聖女の証言次第では……君の処遇も変わる」
つまり。
「……処刑は延期中で、聖女様の発言次第で私の立場が決まる、ということでしょうか?」
「そうだ。それくらい説明せずとも理解できるだろう」
冷たい。
氷の王子様、完全復活である。
(ギャップ激しすぎません!?)
別のオタクなら確実に沼落ちしている。
「兄上」
黙っていたディラン様が口を開いた。
「自分は業務が残っていますので失礼します。兄上も、ここに長居するのはご自身のためによくないかと」
「珍しいな。お前が私を心配するとは」
「……自分でも不思議です」
そう言いながら、ディラン様は私を一瞥し、不満そうに部屋を出ていった。
……え、私なにかした?
「私、何かおかしなことをしましたか?」
「ディランから見れば、そうなのかもしれないな」
ベネディクト様は気にした様子もなく、本を手に取る。
さっきまでの王子モードが消えていた。
「ここにいらして大丈夫なのですか?」
「今戻れば大量の業務が待っているのでな」
「……逃げてます?」
「否定はしない」
即答だった。
「そういえば、最近は魔道具研究をされていないのですか?」
「していないな」
「珍しいですね」
魔道具オタク――もとい研究好きの王子が。
「別に興味ができた」
彼は小さく笑った。
「今はそれが楽しい」
(へぇ……何だろう)
原作にない変化。
原因、もしかして――私?
……いやいや、考えすぎ。
すると彼がふと思い出したように言った。
「そうだ。クッキーを持ってきた」
「クッキー!?」
反射で正座してしまった。
「な、なんだその反応は」
(やってしまったぁぁ!!)
「そんなに欲しかったとは。以前のお前では考えられんな」
完全に面白がっている。
(この人、絶対腹黒では!? 原作設定にないんですけど!?)
私は咳払いして布団に潜った。
「……今のは見なかったことにしてください」
「了解した」
しかし横を向いたままでは受け取れない。
次の瞬間。
そっと手に何かが触れた。
温かい指先。
手のひらに置かれる、小さな包み。
「後で食べるといい。王都近くで売っている菓子だ。場所が分からなければ今度教える」
少し間を置いて。
「……長居しすぎたな。では、また」
扉が開き、静かに閉まる音がした。
部屋に一人残される。
「……クッキー」
包みを開け、一口かじる。
甘い。
でも。
さっきの表情や声が頭から離れなくて、気づけば全部食べ終わっていた。
(何考えてるのよ私……)
一枚しかくれない王子なんて、惚れるわけない。
……ない、はず。
それより。
(聖女を助けないと)
ここが分岐点だ。
原作では、ここから全員が不幸になる。
でも今回は違う。
私は生きている。
だから――変えられる。
「明日は忙しくなりそうね……」
家へ戻る準備。
聖女のこと。
そして、自分の未来。
考えているうちに、再び眠気が訪れる。
寝る子は育つ、って言うし。
そうして私は、不思議な一日の終わりに目を閉じた。




