空っぽのお皿と、残された食事
銀色のワゴンをガラガラと押しながら、リーゼ様の部屋の前へとたどり着いた。
そこには、先ほど洗濯物を任せてくれたバトラーのロイさんが立っていた。
遠くから私の姿を認めるなり、ぱっと顔を明るくして駆け寄ってくる。
「サユさん! 無事に戻られましたね。迷子になっていないか心配しておりました」
「あはは……ちょっと迷子になりかけましたけど、親切な方に厨房を教えてもらえたので大丈夫でした!」
親切な方(※置物の騎士に話しかけて大爆笑してきた推し王子とその側近)のことは、墓場まで持っていく秘密にしておく。
「それは良かったです。では、お食事を受け取りますね」
「はい、よろしくお願いします!」
ワゴンを手渡すと、ロイさんは「ここで少し待っていてください」と言い残し、向き直って大きな扉の前に立った。
コンコン、と丁寧なノックの音が廊下に響く。
「リーゼロッテ殿下。朝食をお持ちいたしました。ロイです、失礼いたします」
ロイさんが扉を押し開け、ワゴンを押しながら部屋の中へと入っていった。
重厚な扉が静かに閉まる。
――その、数秒後だった。
「キャンッ! ワンッ、キャンキャン!」
「わっ、マロン、だめです! 飛びつかないで……わぁぁっ!?」
部屋の奥から、元気いっぱいはしゃぎ回る犬の鳴き声と、ロイさんの情けない悲鳴が響き渡ってきた。
(……マロン、めちゃくちゃ元気じゃん)
扉越しに聞こえてくるドタバタ劇に、思わず口元が緩んでしまう。
あの食いしん坊なワンちゃんなら、ワゴンを見た瞬間に大興奮するのも無理はない。
それから数分後。
少し息を乱し、髪をほんの少し乱したロイさんが、ワゴンを押して部屋から出てきた。
「お待たせいたしました……」
「お、お疲れ様です……」
ワゴンを見てみると、見事に結果が分かれていた。
下段にあった『犬用』のお皿は、まるで洗ったかのように綺麗さっぱり平らげられている。
けれど――上段に置かれたリーゼ様のお皿は、白身魚もスープも、半分ほど手をつけて残されていた。柑橘のジャムも、少し舐めた程度だ。
ロイさんはワゴンを見下ろし、心底申し訳なさそうな顔で眉を下げた。
「……やはり、半分ほどしか召し上がっていただけませんでした。最近はずっとこの調子でして……」
「そうなんですね……」
完食できなかったとはいえ、厨房の人が言っていた「一口二口」よりは食べてくれたみたいだ。柑橘の酸味と甘みは、少しだけ効果があったのかもしれない。
けれど、幼い女の子が一日に摂るべき食事量としては、まだまだ少なすぎる。
ロイさんは少し躊躇うように視線を揺らしたあと、すがるような目で私を見つめてきた。
「あの……サユさん。大変不躾なお願いなのですが……」
「はい?」
「もし可能でしたら……お嬢様に、少しだけお声をかけていただけないでしょうか? できれば、残りの食事も少し促していただけると、大変ありがたいのですが……」
(……私が断れない性格だって知ってるくせに〜!)
思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
さっき厨房で「食べる相手のことを考えて」とジャムをもらってきたお人好しっぷりを、すでに見抜かれている気がする。
だけど――。
この事件の発端を作ってしまったのは、他でもない私なのだ。
私が骨折したせいで、リーゼ様は一人で責任を感じて、部屋に閉じこもってしまっている。
断る理由なんて、最初からどこにもなかった。
「分かりました。私でお役に立てるか分かりませんが……お話ししてみます!」
私が笑顔で即答すると、ロイさんは驚いたように目を見開いたあと、心から安堵したように深く頭を下げた。
「ありがとうございます……! 本当に助かります」
よし、と小さく拳を握る。
待っててね、リーゼ様。
今度こそ、直接元気なお顔を見に行きます!




