再起の決意と小さな幸運
次の日、熱はすっかり下がっていた。
ノックの音に返事をすると、アンナが部屋に入ってくる。
「お体は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ねぇアンナ、取引の件……もう無理だと思う?」
アンナは少し考え込んだ。
「無理だとは思いますが……今のお嬢様は、予想外の行動をしたり成し遂げたりしています。何か方法があるかもしれませんね。お弁当の販売は続けますか?」
「続けるわ。でも私、メイドに戻りたいの」
「その足でですか?」
「あ……そうか。手紙の内容、まだ話してなかったわね」
私はベネディクト様からの手紙を取り出し、ゆっくり読み上げた。
──読み終えると、アンナの表情が変わっていた。
「許せません!」
思わず一歩下がる。
「魔力測定のときは優しかったのに、いきなりこの態度……!結婚白紙、来ないなら二度と会うなって……こんな手紙、捨ててしまっていいです!」
アンナは珍しく怒っていた。
「アンナ、落ち着いて。性格出てるわよ」
その一言で、アンナはハッとしたように姿勢を正す。
「申し訳ございません、お嬢様」
「いいのよ。フェリシアのために怒ってくれてるの、分かってる」
「……お嬢様」
「この手紙に書いてある側妃様のことよ。私はリーゼ様を助けただけなのに、犯人にされてるみたい」
「……」
「お嬢様でいいわよ。そっちの方が慣れてるし」
「かしこまりました、お嬢様」
少し間を置いて、私は続けた。
「取引はこのままじゃ無理。だから、働きながらお弁当を売る方向でいこうと思うの」
「働きながら……?」
「見たことない食べ物なんて、普通は警戒されるでしょ?でもメイドとして働いてる人が食べてたら、少しは広まると思うの」
「なるほど……」
「それに、冤罪でフェリシアに罪がいくなんて、お嬢様失格だもの」
本当は――ファンとしても、許せない。
「ですが、その足では……」
「大丈夫よ。明日には固定も取れるって言われてるし。期限も近いでしょ?」
「どうして、そこまで取引にこだわるのですか?」
私は少しだけ考えてから答えた。
「私、まだ何もできてないの。むしろ世界をかき乱してる気がして……それに、お父様に負けたままなんて、美味しくご飯も食べられないでしょ?」
アンナは小さく笑った。
「確かに、それは嫌ですね」
「でしょ?」
「分かりました。お嬢様は足の回復に専念してください。私は料理を学んできます」
「ありがとう、アンナ」
⸻
そして翌日、予定通り足の固定が外れることになった。
気分転換も兼ねて、私は庭へ出ることにした。
広くて美しい庭。さすが公爵家だ。
噴水の近くまで歩いたとき――
バシャバシャ、と水音が聞こえた。
慌てて駆け寄ると、小さな小鳥が水に溺れていた。
「大丈夫!?」
私はドレスを使って小鳥をすくい上げる。
よく見ると、羽を怪我していた。
「どうしよう……」
人間の医者で治せるのだろうか。
とりあえずアンナに相談しようと建物へ戻ると――
「……えっ」
「フェリシアか。驚かせないでくれ」
目の前にいたのは父と、その側近だった。
「その……」
「落ち着け」
「落ち着けません!小鳥が!」
私は必死に訴える。
父は無言で私の手元を見た。
「助けないと!」
「……なるほどな。ジル、治せる者を呼べ」
「旦那様?」
私も側近も驚いた。
「なんだ。治したいのだろう」
「はい!」
私は小鳥をジルに預ける。
父と二人、少し気まずい空気が流れた。
「……あの、お父様」
「……」
「いえ、なんでもありません」
「足に気をつけろ。それとドレスは……まあいい。後で小鳥は返す。部屋で休んでいろ」
それだけ言うと、父は元の冷たい表情に戻った。
⸻
部屋に戻り、しばらく待っているとノックの音。
入ってきたアンナの手には、小鳥がいた。
「治りましたよ」
怪我はすっかりなくなっていた。
「触りますか?」
「……いいわ」
小鳥は部屋の中を飛び回る。
「帰りたいのかもしれませんね」
「帰りたい……?」
「羽に紋章がありました。持ち主がいるのかもしれません」
「それは大変」
私は窓を開ける。
小鳥は一直線に外へ飛んでいった。
「よかった……」
「何か良いことが起きるかもしれませんね」
「そうね」
その日は、小鳥のことばかり考えていた。
――そして。
その“幸運”は、もうすでに訪れていたことを、私はまだ知らなかった。




