遅すぎた手紙
ベネディクト様から手紙が届いて、三日が経った頃。
私はその手紙を読むため、必死に文字を覚えていた。
そして――ようやく、ゆっくりではあるが読めるようになった。
「……よし」
私は机の引き出しから手紙を取り出し、そっと開く。
王家の紋章入り。しかも推しからの手紙。
ワクワクが隠せない。
手紙なんて初めてだった。
サユがいた国では、やり取りの主流はネット。手紙を書くことも、送ることもなかった。
だから――
「手紙って、こんなに幸せなんだ」
そう思いながら、文字を追い始める。
――その瞬間。
一気に、寒気が走った。
フェリシア。城内の庭園で、王女リーゼが何者かに連れ去られそうになる事件が起きた。側妃はこの機に乗じ、根拠もなく貴様を犯人と断定した。私を揺さぶるための露骨な嫌がらせだが、母上の執念は常軌を逸している。すでに城の警備を強めている。貴様のような無能がこのまま城をうろつけば、母上の狂気に飲まれて消されるだけだ。目障りな真似はするな。
三日後の夜、私の執務室へ来い。そこでディランに貴様の身柄を預け、この件から一切手を引かせ、安全な場所へ移す。協力すれば、我らの婚約を破棄し、貴様をこの呪われた城から解放してやってもいい。
来ないというなら、この話は白紙とする。二度と私の前に現れるな。
「……え?」
読み終えた私は、固まった。
「解読……合ってるよね?」
――怖い。
これ、ラブレターじゃない。
「母上様が私に濡れ衣……まぁ、一応関わってるんだけど」
苦笑いが漏れる。
「相変わらず、氷みたいな言葉ね」
それでも――
「優しいくせに、不器用なんだから」
そう思ってしまう自分がいる。
私はベッドから降りようとするが、足はまだ固定されていて上手く動けない。
窓の外を見ると、あたりは夕方過ぎ。
まだ夜には間に合う。
けれど――
アンナはここ数日、徹夜で私を支えてくれていた。
これ以上わがままは言えない。
両親に言うのも怖い。
そもそも――
私が行って、解決する話なのだろうか。
婚約破棄。
二度と会うな。
ベネディクト様は、何を望んでいるのだろう。
フェリシアを幸せにしたいのに、どうすればいいのか分からない。
私が動くほど、物語は意味の分からない方向へ進んでいく。
「……私、ここに来て何日経ったんだろう」
ふと、日本のことを思い出す。
「お母さん……元気にしてるかな」
気づけば、手紙に雫が落ちていた。
ぽた、ぽたと。
私はそのままベッドに横になる。
そして――そのまま眠ってしまった。
当然、期限には間に合わなかった。
◇
次の日。
頭の重さで目を覚ます。
「……あれ」
目の前にはアンナがいた。
手には水と、薬草をちぎって何かに混ぜている。
「お嬢様、お体は大丈夫ですか?」
「私……何かあった?」
「昨日、お部屋に伺ったのですが返事がなく……ダメなのは分かっていましたが、心配でドアを開けてしまいました」
少し俯きながら続ける。
「体調が優れなさそうでしたので、私なりに処置を……熱もありましたし……罰するなら――」
「いいのよ」
すぐに言った。
「ありがとう」
正直、嬉しかった。
こんな風に誰かに看病されたことなんて、ほとんどなかったから。
「お医者様は、精神のエネルギーの波かもしれないと仰っていましたが……」
「大丈夫よ」
「薬草入りのスープ、召し上がれますか?」
私は差し出されたスープを受け取り、口に運ぶ。
温かい。
一口、二口と食べ進めるたびに――
また、雫が溢れる。
「お嬢様!?」
「美味しすぎて……」
「共食いはしないので、ゆっくり食べてください!」
思わず笑ってしまう。
その日は一日中、アンナが過保護だった。
帰る方法も分からない。
でも、アンナも、みんなも幸せにしないと。
ここに来た意味がない。
そう思った瞬間――
側妃へのイライラが込み上げてきた。
「……もう、泣くのやめる」
私は小さく呟く。
「早く解決して、美味しいもの食べて、帰る方法探そう」
私は、再び前を向いた。
アンナのスープに救われて――再スタートを切る。
だがその裏で。
手紙の送り主であるベネディクトは、
すでに、私の知らない方向へと動き始めていた。




