関係ないはずの事件 ― ベネディクト side
ベネディクト side
毎日、同じことの繰り返しだ。
積み上がる書類。
終わらないトラブルの処理。
国王の機嫌を取り、母上の顔色をうかがう。
……私は、なんなのだろうな。
人間など、所詮そんなものだ。
裏切られるのは、もうごめんだ。
魔力は違う。
魔導は正しく記せば、必ず正解を返してくれる。
そこに裏切りはない。
――だからこそ、あの日の出来事は理解できなかった。
処刑執行の日。
倒れたあと、目を覚ました彼女は――別人になっていた。
医師は「記憶喪失」だと言った。
……その方がいい。
忘れてくれた方がいい。
私は、終わらせたかったのだから。
手放して、自由にしてやりたかった。
なのに――
表情も、言葉も、仕草も。
まるで別人のように変わっていた。
……分かる。婚約者なのだから。
記憶喪失で、そこまで変わるものなのか。
もし私が記憶を失ったら――どうなるのだろうな。
……それよりも。
魔力がない。
あの女には、まるで“何もない”。
それが、どうしても気になって仕方がない。
「ベネディクト様、手が止まっております」
「あぁ……すまない」
顔を上げると、ユリウスが淡々とこちらを見ていた。
私の執事であり、騎士でもある男だ。
「珍しいですね。上の空といった様子ですが」
「お前が言うのなら、そうなのだろう」
「フェリシア様の件で業務が増えているのは承知しておりますが、たまには休まれては?」
「お前こそ休め。こんな仕事、辞めて別のことでもした方が楽だろう」
「ご心配ありがとうございます。ですが辞めることはありませんので」
ユリウスはわずかに笑う。
「執事と騎士を兼ねられる人材は、そう多くはありませんので」
「……」
そんな人間が、なぜ私に仕えるのか。
理解できない。
ドンドン!
「ベネディクト! 開けなさい!」
……またか。
「ユリウス、開けろ」
「かしこまりました」
扉が開かれた瞬間、勢いよく押し開けられる。
やはり――あの人だ。
「カミラ妃。急ぎの御用ですか?」
「娘が誘拐されそうになったのよ!」
「お母様、違うの!」
後ろからリーゼが慌てて否定する。
「どういうことですか?」
「この子の手を見て!」
差し出された手には、確かに傷があった。
「……軽い怪我に見えますが。処置も済んでいるようですね」
「大怪我よ! 木から落とされたのよ!」
「国王にご報告は?」
「とっくにしたわ! “ベネディクトに任せろ”って!」
……丸投げか。
「ですが、リーゼの話も聞くべきでは?」
「えっと……」
言い淀むリーゼ。
「怖くて言えないのよ。可哀想に」
カミラ妃は満足したように言い放つ。
「犯人はきちんと捕まえてちょうだいね。では」
そう言い残し、部屋を去っていった。
「……また仕事が増えましたね」
「反対するより楽だ。それより誘拐の件、調べておけ」
「かしこまりました」
ユリウスが肩をすくめる。
「嫌なら辞めろ」
「辞めませんよ。やります」
……よく分からない事件だな。
まあいい。
何かの誤解だろう。すぐに終わる。
私には、なんの関係もない事件のはずだった。
――この時は、まだ。




