リーゼ様と出会ってしまった
「起きてください、お嬢様」
(うるさいなぁ……)
目を開けると、アンナがいた。
「うわっ!」
近すぎて、思わずアンナを押してしまう。
「お嬢様、仕事に行かなくてはならないのでは?」
「え!? やばい、もう遅刻!?」
私は慌てて起き上がり、用意していた服に着替え始める。
「大丈夫ですよ。歩いても間に合うかもしれません。何度声をかけても起きなかったので、心配していました」
アンナはパンを差し出した。
「これ、着いた時にでも食べてください」
「ありがとう!」
私はパンを受け取り、急いで支度を済ませる。
「行ってくるね!」
⸻
外に出た私は、パンをかじりながら城へ向かっていた。
(完全に漫画の、パンをくわえて走る学生みたい……)
でも周りなんて気にしていられない。
なぜ走るのか。
それは、昼ご飯を買うためだ。
きっと今日から、食堂で出される料理は昨日と違う。量も少なくて、私が満足できるものではない気がした。
だから途中の店にいくつか寄って、適当に昼食を買うことにした。
思ったよりも物の名前が分からず、金額の感覚もまだ曖昧で、少し時間がかかってしまった。
(やばい、急がなきゃ)
私は買ったものを持って、急いで城へ向かう。
なんとか門が閉まる直前に入ることができた。
⸻
着替えを済ませて洗濯場に入ると、皆かなり忙しそうだった。
私はエミさんを見つけると、すぐに駆け寄った。
「すみません! ギリギリで……!」
「間に合えばいいの。ごめんね、今忙しくて教える暇がないの。昨日説明した通りにやっていて」
「わかりました」
不安だったが、この忙しさでは仕方ない。
私は昨日教わった通りに作業を始める。
けれど、布の量にまず驚いた。
(多っ……!)
もたもたしていると、周りの使用人たちの視線が痛い。
(初心者なんですけど……大目に見て……!)
特に水洗いの速度で差が出た。
「新人だから仕方ないけど、もっと早くして」
「早くしないと水を替えられないでしょう」
「今まで洗濯もしてこなかった、いいお姫様なのかしら」
一人が言い出すと、次々に言葉が飛んでくる。
(……この世界も、私のいた世界と同じなんだ)
人は、人だ。
帰りたくなった。
でも、取引のためにも頑張るしかない。
そしてもう一つ。
昼ご飯のためだ。
何とかぐちぐち言われながら頑張れたのは、そのためだった。
⸻
食堂へ行くと、やはり昨日とは違う料理が渡された。
昨日見た、下の子たちの料理ともまた違う。
(ここ、いったい何段階あるのよ……)
ため息が出る。
席に座ると、数人の使用人が向かい側に座ってきた。
しかも、わざと自分たちの料理を見せつけるように。
「あら、あなたはその料理なのね」
「新人だから仕方ないのよ」
完全に見せびらかされている。
私の前にあるのは、冷めたパンと汁物、それから残り物みたいな野菜。
向かいには、肉と湯気の立つスープとパン。
おいしそう。
見ているだけで虚しくなる。
私は料理を持って立ち上がった。
「私がいたら邪魔ですよね。外で食べますから、お気になさらず」
数人の使用人は、顔を見合わせてクスクス笑った。
でも、そんなことより。
あの料理を見ながら食べられるわけがなかった。
⸻
私は外へ出て、木陰で昼を食べることにした。
すぐに食べ終わってしまう。
満足感なんてない。
そこでポケットに入れていた、買っておいた昼食を思い出した。
(そうだ、これがある)
ポケットから出したのは、ビスケットと果物。
「いただきま――」
ガサガサ……。
草むらから音がした。
(まさか……動物?)
「マロン!」
幼い声がしたかと思うと、犬くらいの大きさの動物が私めがけて一直線に突っ込んできた。
「ええっ!?」
私は昼ご飯を奪われまいと、慌てて手を上に伸ばす。
動物――マロンはジャンプするけれど届かない。
「もう、マロン! 何してるの!」
今度は、小さな女の子が駆け寄ってきた。
茶色い髪に、くりくりとした目。服は少し汚れている。
「……あの?」
女の子はマロンを抱き上げて、私を見上げる。
(小学生くらい? 迷子?)
……それにしても、どこかで見たような。
「あの!」
「ご、ごめんね。えっと……可愛いペットだね」
「ペットじゃないです! マロンです!」
「ああ、ごめんね。マロンっていうのね。可愛いね」
すると女の子とマロンの目線が、私のお昼ご飯へ向いた。
「……これ、食べたいの?」
グゥ〜。
女の子のお腹が返事をした。
「うふふ」
「な、何笑ってる! 私だぞ!」
「はいはい。食べたいならいいわよ」
「……プリンセスに向かってなんだ!」
「プリンセスごっこしてたのかな?」
「は?」
私は木陰に座り、ビスケットを半分にして女の子に渡した。
女の子は少し戸惑いながら受け取り、私が食べ始めるのを見てから口にした。
マロンには果物をあげる。
「美味しい……」
女の子は驚いた顔をしている。
(クッキーって、この世界ではあまり人気ないのかな)
楽しみにしていたクッキーと果物は半分なくなったけど、なんだか楽しいからよし。
「ねえ、お姉さん。遊ぼう!」
「えっ?」
「だめなの?」
くりくりした目で見つめられると断れない。
「……少しだけだよ」
「やったー! じゃあマロンが鬼ね! よーいどん!」
こうして私は、謎の女の子とマロンと遊ぶことになった。
⸻
事件が起きたのは、その時だった。
女の子は器用に木に登った。
でも、上まで登ったところで下を見てしまったらしい。
泣き出してしまう。
マロンは下でぴょんぴょん跳ねている。
「どうしよう……」
様子を見ていると、見知らぬ女性がこちらに向かって叫んだ。
「お嬢様……!」
(お嬢様?)
その声に驚いた女の子が、体勢を崩す。
「あっ!」
私は反射的に駆け寄って、女の子を受け止めた。
けれど勢いを殺しきれず、そのまま一緒に倒れ込む。
「いっ……!」
「お嬢様!!」
駆け寄ってきた女性が慌てふためく。
腕の中の女の子はまた泣き出してしまった。
「手、怪我してる……痛くない?」
女の子は小さく頷く。
私は少し安心した。
だが、女性は違った。
「お嬢様、早く医務室へ!」
彼女は女の子を抱き上げ、そのまま連れて行ってしまう。
残された私のところへ、もう一人の女性が詰め寄ってきた。
「あなたがお嬢様を誘拐したのですか!?」
「えっ?」
「怪我までさせて!」
「お嬢様って……誰?」
「リーゼお嬢様しかいないじゃない! 何しらを切ってるの!?」
「……え?」
リーゼ。
今、リーゼって言った?
「大丈夫? 顔色が悪いけど?」
私は立ち上がろうとしたが、足が痛くて力が入らない。
「あなた、足痛めたの?」
それどころじゃない。
今の女の子が、まさか。
(第一王女……リーゼ様……?)
リーゼ王女は、アニメには出ていない。原作では名前だけで、メインでもなかった。
でも――あの年頃、あの名前。
嫌な予感しかしない。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「大丈夫です……。罰が当たったんですよ」
「そう。若いんだから、人生やり直せるわ。もうこんなことしない方がいいわよ」
女性はそう言って去っていった。
(やり直したい……!)
私はその場で頭を抱えたくなった。
王家に関わらないと決めたのに。
むしろ、また近づいてしまった。
しかも最悪の形で。
⸻
私はエミさんに「体調が悪い」と伝え、早退した。
けれど足が痛くてうまく歩けない。
結局、私が帰ってこないことを心配したアンナが迎えに来てくれた。
足のことを話すと、アンナは泣き出してしまった。
(今日、泣かれること多いな……)
でも、それより問題なのは――
王家にまた関わってしまったこと。
処刑への道に、近づいてしまった気がする。




