裏門からの初出勤
アンナと会話をしながら、少し走る。
「お嬢様、早歩きではなくて走っていますよ」
「アンナ、ここではフェリシアよ。お嬢様なんて言ったらバレちゃうじゃない」
「そうでした……すみません。ですが、このままだと着く前に疲れてしまいます……」
「コツはね、最初に走って、途中でペースを落とすの。その間に体力を温存するのよ」
「なるほど……なんとなく理解できました」
「この辺でやめましょうか」
私が走るのをやめると、アンナはその場で立ち止まる。
「ちょっと!」
私はそのまま歩き続け、アンナが慌てて追いついてきた。
「急に立ち止まると危ないわよ。体がびっくりするでしょ?」
思ったより疲れている。
(フェリシア……運動してなかったのね)
体力は自分のものではないのだと実感し、少しがっかりした。
⸻
「まさかサユとして紹介するなんて、意外ですね」
「とっさに思いついたのが、その名前だったのよ」
「私もその方がいいと思う。ありがとう、アンナ」
そんな会話をしながら進んでいくと――
大きな城が目の前に現れた。
しかしアンナは正門へ向かわず、そのまま別の方向へ歩いていく。
私は慌てて追いかけた。
「ちょっと、どこ行くのアンナ?」
「サユ様、正門から入ったら即牢獄行きですよ」
「……そうよね。あはは」
(危なかった……絶対入ってた)
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しばらく歩くと、裏門の前に一人の女性が立っていた。
こちらに気づくと、静かに会釈する。
アンナがその前で止まった。
「先生、お待たせしました」
(先生?)
「大丈夫よ、待ってないわ。楽しみで早く来ていただけよ」
女性は柔らかく微笑み、私を見る。
「彼女がサユさんかしら?」
私は軽くお辞儀をする。
「初めまして。サユと申します。本日は雇っていただき、ありがとうございます」
「……大丈夫そうね」
「えっ?」
「挨拶よ。喋り方や態度が丁寧だから安心したの」
そう言ってから、アンナに視線を向ける。
「アンナはどうするの?」
「友人の案内をしただけですので、これで失礼します」
「せっかくだし、寄っていきなさい。少しぐらいいいでしょう? 彼女も不安でしょうし」
「……では、お言葉に甘えます」
⸻
女性が歩き出し、私たちも後に続く。
私は気になって口を開いた。
「すみません……アンナと先生のご関係は?」
「アンナ、言ってなかったの?」
「申し訳ありません! 先生は、仕事など様々なことを教えてくださった方です」
「そういうことだったのね」
(……なんか、聞いたことあるような……)
アンナと先生。
――あ。
(ファンブックだ)
思い出した。
発売予定だったファンブックに、アンナの情報が載るはずだった。
でも、それを見る前にこの世界に来てしまった。
(異世界あるあるね……)
⸻
「大丈夫ですか?」
二人が心配そうにこちらを見る。
「あ、ごめん。急に大きな声出して」
「アンナがあまり話してなかったから、ちょっと驚いただけ」
「アンナは自分のことをあまり話さないのよ。悪気はないの」
先生がそう言ってから、アンナに向き直る。
「アンナは皆に挨拶してきなさい。私はこの子に仕事の説明をするわ」
「かしこまりました。サユさん、また後で」
「うん、またね」
アンナはそのまま建物の中へ入っていった。
(……なんだろう)
知らないアンナを見たような気がして、少しだけ寂しくなる。
これは私の感情なのか、それともフェリシアのものなのか――
⸻
「さあ、行きましょうか」
私は先生の後について、建物の中へ入った。




