婚約話と期限付きの約束
起きると、外はすっかり暗くなっていた。
(……何時間寝ていたんだろう)
私は急いでベッドから起き上がり、勢いよくドアを開けた。
すると――
アンナが服を持ったまま、尻もちをついていた。
驚いた表情でこちらを見ている。
「ごめん、驚かせたかな?」
アンナは立ち上がりながら言う。
「お嬢様。そんな勢いよくドアを開けるのは、マナーとしてよろしくありません」
「ごめん。夕食の時間、過ぎてる?」
とにかく、夜ご飯のことで頭がいっぱいだった。
「大丈夫ですよ。夕食の時間はまだです。これに着替えたら向かいましょうか?」
アンナは持っていた服を私に差し出す。
私は朝着ていた服を見る。
くしゃくしゃだ。
「なら着替えるから、手伝ってくれる?アンナ」
「かしこまりました、お嬢様」
フェリシアの両親は厳しく、
家での食事であっても外出するかのような服装やメイクを求めていた。
そうして服に着替え、ヘアメイクをアンナに整えてもらい、
私たちは夕食の部屋へ向かった。
⸻
食事場所へ向かう途中、いくつものドアが目に入る。
(この家、部屋いくつあるのよ……)
私はまだ、料理場と自分の部屋と食事部屋くらいしか覚えられていなかった。
「お嬢様、こちらの部屋がお食事の部屋です」
気がつくと、両開きの大きなドアの前に立っていた。
アンナがノックをすると、ドアが開く。
「すごい……」
思わず声が漏れる。
部屋の中央には、長く大きなダイニングテーブル。
その周りに並ぶ、たくさんの椅子。
まるで昔の絵画やドラマで見たことがあるような光景だった。
アンナが一礼する。
「お待たせいたしました。お嬢様のご支度が整いましたのでお連れしました」
「お父様、お母様。お待たせしました」
私も礼をして挨拶をする。
父は私の服装やヘアメイクを、観察するように見ていた。
「大丈夫だ。服装などマナーは問題ない。席に座りなさい」
(この人、本当に何を考えているのか分からない……)
少し怖い。
私はフェリシアの席に座る。
中央付近の右側。
目の前には母の席、その右隣が父の席。
椅子の近くに行くと、メイドが椅子を引いてくれた。
(高級レストランみたい……家なのに緊張する)
席に座ると、母が嬉しそうに微笑む。
「フェリシアと食事なんて久しぶりで、なんだか嬉しいわ」
「お母様、私もです」
母は嬉しそうだが、父は相変わらず無表情。
「お父様も一緒に食事ができて、私は嬉しく思います」
「ああ」
一言。
(せっかく話しかけたのに……)
少しムカつく。
そこへ数人の使用人が料理を運んできた。
その中にはアンナの姿もある。
アンナを見ると、さっきの苛立ちが少し消えた。
料理が並び、使用人たちは部屋を出ていく。
残ったのは、私と両親だけ。
「さあ、食事を楽しみましょう」
母が食事に手をつける。
私はその食べ方を見て真似する。
「お前は食べ方まで忘れたのか」
いきなり父に注意された。
「お父様、久しぶりにこのような食事なので曖昧なのです」
「ヴィクトール。久しぶりの食事で戸惑っていたのよ。記憶のこともあるのだし、楽しく食べましょう?」
母がやんわり言う。
「……すまない。分かった」
(え、謝った?)
あの父が?
私は驚きながらも食事を進める。
異世界の料理は、日本と少し味が違う。
でも、不思議と癖になる。
そうして食事は終わった。
すると父が言う。
「食べ終わったならいいだろう」
(まさか……デザート!?)
期待した瞬間。
父は丸められた紙を私に差し出した。
(デザートじゃないのか……)
開くと、そこには数枚の紙。
人物の絵と、説明文。
嫌な予感がする。
母が口を開く。
「フェリシア。私たち考えたの。王太子殿下の婚約の件で辛い思いをして、罪を犯してしまったこと」
「はい」
「この者たちは財も力もある家。婚約を了承してくれているの」
(……お見合い)
どうやら、この食事会の目的はそれらしい。
「私は婚約はしたくありません」
二人が私を見る。
「婚約で辛い思いをしてきました。少し時間が欲しいです」
父が言う。
「時間は待ってくれぬ。このままでは、この家は傾いていく」
「罪で処刑されるようなことをしていたのだからな」
その言葉が胸に刺さる。
(知ってる……)
処刑後の未来。
この公爵家は職務を失い、
支援者も消え、家を手放し、
最後には両親も命を落とす。
物語ではそう書かれていた。
でも今、目の前にいるのは生きている二人だ。
母が優しく話しかける。
「フェリシア。考え込まなくて大丈夫よ」
母とは反対に強く 話しける父。
「財と権力のある家に嫁いでくれないと、困る」
「……そうですね」
父が言う。
「早く決めて婚約を進めるぞ」
私は一つだけ聞くことにした。
「一つ教えてください」
父が眉を動かす。
「なぜそこまでして婚約や財や力が必要なのですか?」
父は黙った。
「……お前にさっさと家を出て、私たちを幸せにするためだ」
「違うと思います」
「何が言いたい」
腕を組み、父が睨む。
「財や力はあればいいだけです。でも、なぜ婚約なのですか?」
「婚約を結べば財と力が手に入る」
「なら別の方法があります」
私は言った。
「私が財と力を持ってきます」
「……は?」
父が初めて驚いた顔をする。
母も戸惑う。
「どうやって処刑延期の娘が財と力を得るのだ?」
私は答えた。
「働くのです」
「ダメです!」
反対したのは父ではなく母だった。
「働くなんてしなくていいのよ。妃教育や妻としての学びをすればいいの」
「なら期限を設けましょう」
私は言った。
「給料日までに財と力を持ってきます。できなかったら望む通り婚約します」
父は考え込む。
母は不安そう。
そして父が言った。
「……分かった」
「え?」
「分かったと言っている」
私は驚いた。
「しかし条件がある」
父が続ける。
「婚約の件は保留だが、仲を深める程度はしてもらう」
「分かりました」
私は母を見る。
「お母様、基準になる財を決めてください」
母は少し考えて言った。
「国札五枚」
「いいですよ」
父は国札について何も言わず立ち上がり紙を見る。
「婚約者はその中から好きに選べばいい」
私ができないと思っている言い方だ。
父に続いて母も席を立った。
「フェリシア。無理はしないでね」
二人は部屋を出ていった。
そのあとアンナが駆け寄ってくる。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
私は笑った。
「大丈夫よ。むしろ気合いが入ってるわ」
「アンナ、部屋で話さない?」
「はい。ご案内します」
こうして私は働く許可を得た。
知りたかった父の本当の理由は分からなかったけれど。
でも――
この先が楽しみだ。
部屋に戻り、アンナの衝撃の言葉を聞くまでは。




