天使と悪役令嬢のバトンタッチ
――温かい。
さっきまで眩しい光に包まれていたはずなのに、気づけば私は柔らかな白に囲まれていた。
どこまでも続く、真っ白な空間。
音も、風も、重ささえ感じない。
「あなた……誰なの?」
鈴を転がすような声が響いた。
その声を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がる。
ゆっくり顔を上げて――私は固まった。
そこに立っていたのは。
息を呑むほど美しい少女。
淡い金の髪、透き通るような肌、儚げな微笑み。
間違えるはずがない。
「フェリシア様……?」
震える声が漏れた。
「フェリシア様!? やばい、本物……!? え、待ってください、テレビから出てくるタイプの異世界転移って本当にあるんですか!? ええええ!?」
混乱して言葉が暴走する私を見て、彼女は少し困ったように眉を下げた。
「……ごめんなさい」
その一言に、私ははっとする。
「私が……『もう嫌だ』なんて強く願ってしまったから。あなたをこんな場所に巻き込んでしまったのね。本当に、ごめんなさい」
違う。
違う違う違う。
この子は、最後まで自分を責めるんだ。
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
「謝らないでください!」
思わず一歩踏み出す。
「巻き込まれたなんて思ってません! むしろ――私、来たかったんです!」
「……来たかった?」
「はい! フェリシア様の味方になりたくて!」
勢いのまま叫ぶ。
「大好きなんです!!」
「……えっ?」
至近距離で告白されたフェリシア様は、ぱっと頬を赤くして顔を隠した。
「だ、大丈夫ですか!? 距離近かったです!? オタク距離バグってました!?」
「……ふふ」
小さな笑い声。
彼女がそっと顔を上げる。
「なんだか……ほっとしたの。味方だと言ってくれたことが、嘘ではない気がして」
その瞳の奥には、深い疲れが沈んでいた。
アニメで何度も見た目。
誰も信じられなくなった人の目。
「フェリシア様は、ずっと頑張ってました」
私は静かに言った。
「私は知ってます。あなたが、どれだけ我慢して、どれだけ周りのことを考えていたか」
彼女は、少しだけ驚いた顔をする。
そして、自嘲するように微笑んだ。
「おかしな子ね。私は罪人なのよ? 聖女様を虐げ、婚約者の情報を敵に売った……」
違う。
それは全部――。
でも、今は言わない。
彼女自身が、自分を否定しているから。
「……もう、疲れてしまったの」
ぽつりと落ちた本音。
「頑張れば、きっと報われると思っていた。でも……もう考えるのも嫌なの」
胸が痛い。
この子は、限界まで頑張ったんだ。
「ここは、神様がくれた最後の夢なのかもしれないわね」
彼女は優しく笑った。
「あなたなら……変えてくれるのかも、なんて思ってしまうの」
私は迷わなかった。
その細い腕を、ぎゅっと掴む。
「私が、フェリシア様を幸せにします!」
沈黙。
そして――。
「ふふ……あなた、本当に不思議な子ね」
彼女の表情が、少しだけ柔らかくなる。
「天使様みたい」
「いえ、ただのオタクです!」
「……お願い」
フェリシア様の声が、少し遠くなる。
「私よりも……周りを幸せにしてあげて。最後に、あの人に会えなかったのは……少し、残念だったけれど」
力が抜ける。
「フェリシア様!?」
「ごめんなさい……なんだか、とても眠いの……」
私は慌てて座り込み、彼女の頭を膝に乗せた。
「大丈夫ですよ」
そっと髪を撫でる。
「フェリシア様は、もう十分頑張りました」
彼女の表情が、ゆっくりと安らいでいく。
まるで、やっと休める子どもみたいに。
呼吸が穏やかになり、やがて静かな寝息が聞こえ始めた。
その温もりに包まれて、私の意識も沈んでいく。
「すぅ……フェリシア様は……私が、幸せにしますからね……」
白い世界が遠ざかる。
優しい夢の終わり。
――このあと目を覚ました瞬間。
冷たい石の床と、鉄格子に囲まれた。
あの地獄の地下牢が待っているとも知らずに。




