裏設定まで読み込んだ推しアニメの最終回
雨が降っていた。
石畳を叩く冷たい雨音の中、少女は処刑台の前に立たされていた。
誰も助けない。
誰も信じない。
――悪役令嬢フェリシア。
それが、彼女の最後の名前だった。
悲しそうに揺れる瞳だけが、どうしようもなく優しくて。
……ああ、この子は、本当は悪くないのに。
そう思った瞬間――。
視界が暗転した。
ただいま。
今日も疲れたぁ……。
独り暮らしのアパートに帰るなり、私はコートとバッグを床に投げ出した。
社会という名の戦場からの生還です。えらい、私。
真っ先にやることは決まっている。
コンビニ袋から大好きな飴玉を取り出して口に放り込み、テレビの電源をポチッ。
甘いもの+推し作品。
これがなければ、明日なんて生きられません。
部屋の棚には円盤、特典小冊子、考察ノート。
スマホのメモにはキャラ相関図まで入っている。
――私は、ただのオタクではない。
推しの人生を本気で考察するタイプのオタクである。
「あ、今日は最終回だった……」
画面に映し出されたタイトルに、私は思わず姿勢を正した。
――『聖女の陰に隠れた月』。
最初は、よくある悪役令嬢ものだと思っていた。
でも違った。
これは、優しすぎた人たちがすれ違い続けて壊れていく物語だった。
気になりすぎて原作小説は全巻読破。
限定販売の『裏設定資料集』まで手に入れた。
そして私は知ってしまったのだ。
この物語に、本当の悪者なんていないことを。
第1王子ベネディクト様は氷のように冷たい。
婚約者に心ない言葉を浴びせ続ける王子。
第2王子ディラン様は甘い言葉で兄の婚約者に近づき、スパイとして利用する。
聖女は無邪気な笑顔で関係をかき乱し。
そして――フェリシアちゃんは。
誰にも頼れず、孤独の中で悪役になっていく。
(みんな、本当は愛し合っていたのに……)
裏設定を読んで、私は号泣した。
すべての冷たい言葉は、不器用すぎる愛情だった。
でも作中の誰も、それに気づかない。
だから物語は、救われない。
私はSNSを開いた。
『恋愛進まなすぎてイライラする』
『原作勢だけど覚悟しとけ』
『悪役令嬢ざまぁ来る?』
「違うんです……! ざまぁじゃないんです……!」
思わずスマホに向かって反論する。
これは断罪の物語じゃない。
救われなかった心の物語だ。
放送が始まった。
画面に映るのは、重苦しい雨の処刑場。
聖女暗殺未遂の冤罪。
愛した第2王子からの冷酷な否定。
『知らない女だ』
「うそ……そんな顔で言わないでください……」
そして地下牢に現れた、第1王子ベネディクト様。
氷のような表情。
けれど、その瞳だけが――泣いているみたいで。
「うう、辛すぎます……。お願い、みんな本当の気持ち言ってぇ……!」
お菓子を食べる手も止まり、私は画面にかじりついた。
フェリシアちゃんは、誰にも愛されていないと誤解したまま。
処刑を待たず、自ら命を絶とうとしていた。
「フェリシアちゃん……っ」
胸が痛い。
「私がフェリシアちゃんだったら、絶対みんなを座らせて話し合わせます! 強制会議です! 幸せエンドにします!」
本気で叫んだ、その瞬間。
テレビの中のフェリシアと、目が合った気がした。
――ピカァッ!!
「えっ!? な、何これ!? まぶし――」
画面から白い光が溢れ出し、視界を焼き尽くす。
耳鳴り。
身体が浮く感覚。
意識が遠のく直前、私は思った。
待ってて。
フェリシアちゃん。
――今度は、絶対に幸せにするから。




