天使と悪役令嬢のバトンタッチ
「あなた……誰なの?」
聞き覚えのある、鈴を転がすような声。
眩しさに塞いでいた手を下ろすと、そこは真っ白な、どこまでも続く不思議な空間だった。
目の前には、息を呑むほど美しい女性――アニメの中の悲劇のヒロイン、フェリシア様が立っていた。
「フェリシア様! やばい、本物……! えっ、でもテレビから、えええええ!?」
混乱して、わけのわからない言葉を発する私を見て、彼女は困ったように眉を下げた。
「……ごめんなさい。私が『もう嫌だ』なんて強く願ってしまったから、あなたをこんな場所に巻き込んでしまったのね。本当に、ごめんなさい」
彼女は、自分が消えたいと願ったせいで、見知らぬ私をこの異空間に引きずり込んだのだと思って謝っているんだ。
その儚さに、私は胸がギュッとなった。
「謝らないでください! 巻き込まれたなんて全然思ってないです! むしろ、私はフェリシア様の味方になりたくてここに来たんです! 大好きなんです!」
「……えっ? 味方……? 大好き、だなんて……」
いきなり至近距離で愛を叫んだ私に、フェリシア様は驚いて顔を隠してしまった。
「大丈夫ですか!? フェリシア様!」
「……ええ。なんだか、ほっとしたの。味方だと言ってくれたことが、嘘ではないような気がして。それに、いきなり大好きだなんて言われるなんて、驚いてしまったわ」
彼女がそっと顔を上げると、その瞳は深く、暗い陰を落としていた。
アニメで見た通りだ。人を信じることが怖くなっている。
「フェリシア様は、私の希望でした。あなたが頑張っていたこと、私はちゃんと知っています」
私の言葉を聞いて、フェリシア様は自嘲気味に微笑んだ。
「おかしな子。私は聖女様を虐げ、婚約者の情報を敵に売った、罪人なのよ? ……もう、疲れてしまったの。どこか夢を見て頑張ってきたけれど、もう考えるのも嫌。ここは神様がくれた、最後の贈り物なのかもしれないわね。あなたなら……変えてくれるのかも、なんて」
私は、彼女の細い腕をぎゅっと掴んだ。
「私がフェリシア様を幸せにしたいです!」
「ふふ、あなたは私の天使様なのかもしれないわね。……お願い。私よりも、周りを幸せにしてあげて。最後に、あの人に会えなかったのは残念だけれど……」
フェリシア様から、ふっと力が抜けた。
「フェリシア様!?」
「ごめんなさい……私、なんだか眠たくて……」
私は彼女の頭をそっと膝に乗せて、優しく囁いた。
「いいですよ。頑張ったのですから。次のことは、寝てからまた考えましょうか」
フェリシア様は、安らかな顔で眠りについた。
私も、深い眠気に誘われるまま、彼女に抱きつくようにして目を閉じる。
「すぅ、すぅ……フェリシア様は、私が幸せにしますからね……」
この後、目が覚めた瞬間に、あの地獄の地下牢が待っているとも知らずに――。




