ふたりの朝食と、魂の正体
テーブルの上には、二人分の朝食が用意されていた。
向かいに立つアンナは、まだどこか遠慮がちだ。
視線を料理へ落とす。
そして気づく。
――私とアンナの食事が違う。
私の皿には温かい料理と整えられた盛り付け。
アンナの前には、簡素なパンと控えめな副菜。
身分差。
昨日までは気づかなかった現実を、初めてはっきり実感した。
(食パンとサンドイッチくらい差があるじゃん……)
私は黙ってカトラリーを手に取ると、自分の料理を切り分け始めた。
「お嬢様!? 何をなさっているのです!」
突然の大声に、思わず手が止まる。
「びっくりしたじゃない」
「びっくりしたのは私の方です!」
「私は色んな味を食べたいの。アンナ、さっきから私の料理ちらちら見てたでしょ?」
「見ておりません!」
「見てました。うふふ」
思わず笑みがこぼれる。
アンナはぽかん、と効果音が聞こえてきそうな顔をしていた。
「とりあえず、食べましょうか」
私が食べ始めると、アンナも遠慮がちに口をつける。
会話のタイミングが分からないまま、気づけば食事は終わってしまった。
(……お腹空いてた私が悪いわね)
私は軽く息をつき、本題へ入る。
「美味しかったわね、アンナ」
「はい」
「アンナ、この街には詳しいかしら?」
「生まれも育ちもこの街でございます。詳しい方かと」
少し誇らしげに答えるアンナ。
私は頷いた。
「それなら良かった。質問なんだけど――働ける場所、知ってる?」
「ゴホッ!?」
アンナが飲み物を盛大にむせた。
「大丈夫!? 飲み物は奪ったりしないから、落ち着いて飲みなさいよ」
「お、お嬢様……お洋服は汚れておりませんか!?」
「大丈夫よ」
自分より私を心配してくるあたり、本当にアンナらしい。
「お嬢様……つまり、お仕事を紹介して、何か品物を買うという意味ですよね?」
「聞いてなかったの? 働ける場所を紹介してほしいの」
アンナの動きが止まった。
時間が止まったみたいに固まっている。
「……大丈夫?」
「大丈夫ではありません」
今度は頭を抱え始めた。
「さっきから忙しいわね。むせたり固まったり頭抱えたり。私、そんな変なこと言ってる?」
少しだけ真面目な声になる。
「昨日言ったでしょ。私は前のお嬢様じゃないって。だから料理もできたの」
「……お嬢様……そう、ですよね……」
アンナは何か納得したように、小さく息を吐いた。
半分は嘘で、半分は本当。
私は物語の知識を知っているだけで、フェリシアの人生そのものを知っているわけじゃない。
昨日言われた言葉が頭をよぎる。
――記憶喪失になる前のお嬢様は、そのようなことはなさらなかった。
(フェリシアは……ちゃんと生きていたんだ)
改めて実感する。
アンナが姿勢を正し、真剣な目で私を見る。
一呼吸おいて、アンナが静かに口を開いた。
「……昨日のお話について、よろしいでしょうか」
「なに?」
「私なりに考えたのですが……」
少し迷うように視線を落とす。
「お嬢様は、記憶喪失なのではなく……
本当に“別の魂”がいらっしゃる、という理解で……間違いありませんか?」
「そうだけど……伝わってなかったの?」
「え!?」とアンナが目を見開いた。
……いや、なんで今そこで驚くの?
私は思わず頭を抱えそうになった。
アンナは慌てて説明を続ける。
「魔力の衝撃により、新しい人格――擬似的な魂が形成され、自身を別人と思い込む症例も、理論上存在します」
「なんで急に魔力の話になるのよ」
アンナはきょとんとしてから答えた。
「この世界では、魂は魔力と同義とされておりますので」
「……は?」
今度は私が固まる番だった。
(ちょっと待って)
(昨日の勇気ある告白、普通にファンタジー理論で処理されてない?)
どうやら――
思っていた以上に、この世界はファンタジーらしい。




