帰る場所の空気
久しぶりに帰った屋敷。
けれど――最初にかけられた言葉は、温かいものではなかった。
「……随分と元気そうだな」
低く、感情の読めない声。
(やはり……よく分からないお人だ)
私は軽く頭を下げた。
「申し訳ありません。手紙を出した通り、記憶が曖昧でして」
「読んだが信じ難いな」
父は淡々と言い、視線を横へ向ける。
「それより――王太子殿下が何故こちらへ?
侍女のアンナを迎えに向かわせたはずですが」
空気がわずかに張り詰めた。
ベネディクト様が一歩前へ出る。
「フェリシアは記憶が曖昧でして。私がいた方が安心できると思いまして。……何か問題でも?」
「いえ、問題などありませんよ」
父は薄く笑う。
「ですが不思議ですね。殿下は――そんな心配をなさるお方でしたか?」
「……」
(ちょっと!? なんで黙ってるのベネディクト様!)
(やっつけてくださいよこのくそお父さんを!)
思わず口が先に動いた。
「言い過ぎです! ベネディクト様は私を心配して、ここまで連れてきてくださったんです!」
一瞬、静寂が落ちた。
父の目が細くなる。
「……どうやら本当に記憶喪失らしいな」
「ベネディクト様?」
気になって顔を覗き込むと、彼はわずかに驚いたような表情をしていた。
「……いや、なんでもない。
とにかく彼女は記憶喪失です。接し方には気をつけてください」
「この子のことは私が一番分かっています。
王太子殿下はご自身の務めをなさってください」
父は振り返る。
「フェリシア、行くぞ」
「……はい」
私は素直についていく。
――数歩進んで、はっとした。
(あっ)
私は踵を返し、ベネディクト様の前へ戻る。
「どうした?」
「送ってくださり、ありがとうございました! では失礼します!」
勢いよく頭を下げ、そのまま父の後を追った。
(またお礼を言ってないって怒られるのは勘弁だからね……)
とにかく今は――
父と母のことに集中しないと。
(帰る時にお菓子屋さん、調べておけばよかったな……)
そんなことを考えながら、私は屋敷の奥へと歩いていった。




