第198話:祈りの街で、記憶と向き合う
■Scene1:長崎駅、静かに降り立つ朝
梅雨の晴れ間。凛奈は長崎駅に降り立った。
駅前に広がる街並みは、どこか静けさと明るさが混じっていた。
凛奈(心の声):
「この街は、祈りと記憶が混ざってる。
……ちゃんと、聞いていかなきゃ」
この日は観光を兼ねて、長崎原爆資料館と平和公園を訪れる予定だった。
■Scene2:語り手・花田重三郎
資料館の前で、凛奈はスタッフに紹介される。
そこにいたのは、年齢九十を超えるという小柄な老人――花田重三郎。彼(花田重三郎)は原爆投下当時、長崎の北部に住んでいたという。
凛奈は腰を低くし、礼をして語り始めた。
凛奈:「今日は、少しだけお話を聞かせていただけますか」
花田(にっこりと頷きながら):「……聞いてくれるのかね。じゃあ、ちょっと長いが――いいかな」
■Scene3:語り――「あの日の空の色」
花田:「………あれは昭和二十年、八月九日。
わしは十四、五じゃった。兄と一緒に山の中で木を切ってた。……突然、空が“青白く”なったんだよ
ドン、という音は聞こえなかった。………気づいたら、地面がぐにゃりと揺れて、兄が叫んだ」
「“見ちゃだめだ、重三!”って言われてな……………
振り返ると、街が……長崎の街が、煙に包まれてたんだ。
真っ黒な煙。だけど、まるでそれが空に吸い込まれていくように見え、その後、街に戻ったとき、わしは“人間じゃない形の人たち”を見た。皮膚が剥がれて、手足が炭のようになって…………… 声も出せないまま、ただ助けを求めてた」
(また続けて)
「兄は、その夜、静かに死んだ。
わしは、あの時、泣くことができなかった。
泣いたら、全部崩れてしまうと思ったから……………。」
沈黙が流れる。凛奈はそっと目を伏せ、指をぎゅっと握っていた。
花田:「だけどね、嬢ちゃん。今の君たちは、もう泣いていい時代に生きてるんだ。忘れないために、泣くことは恥じゃない。それが“平和”ってやつの形の一つなんだと、今は思ってるよ」
■Scene4:平和公園、献花と異変
語りのあと、凛奈は平和公園を訪れた。
祈りを込めて、白い花を一輪、慰霊碑に供える。
その時――近くの芝生でざわめきが起こる。
「誰か倒れてるぞ! 医者、医者を(頼む!お願い!)――!」
近寄ると、若い女性が意識を失って倒れていた。
傍らには、ビニール袋に入った“漬物”が転がっていた。
凛奈はすぐに香りに気づく。
(………この香り。韓国の“トンチミ(水キムチ)”に近い、
けれど、それ以上に何か――刺激性の強いものが混ざってる)
■Scene5:香りの向こうの“悲しみ”
凛奈はそっと、そのキムチを口に含んだ。
(味は薄い。でも――舌の奥に鋭さがある。
これは、過去の“怒り”………)
目の前に映ったのは、倒れていた女性の姿。
彼女は資料館の清掃スタッフ。
原爆関連の展示に心を病みながらも、仕事を辞めずにいた。
しかし、近年入ってきた観光客が
“爆心地の石碑を自撮りの背景にする”姿に激しいショックを受け、心が壊れかけていたのだ。
凛奈(心の声):
(彼女は“無理に耐えようとした”だけ。
怒りは、誰かにぶつけるためではなく、心の整理が必要だった)
■Scene6:語らぬ約束と、静かな祈り
目覚めた女性は、凛奈の目を見つめた。
女性:「……あなた、私を“理解した”の?」
凛奈は静かに頷き、答えた。
「人は……全部を言葉にしなくても、
香りや、味や、温度で、心が届くことがある。
あなたの“怒り”は、“悲しみ”だった。
そしてその悲しみは、決してあなたひとりのものじゃない」
■Scene7:ホテルの一室、手帳に記された言葉
夜。凛奈は長崎のガーデンテラス長崎ホテル&リゾートに宿泊。
窓の外には、長崎港の夜景が静かに灯っていた。
手帳を開き、静かにペンを走らせる。
『あの日の空は、今も誰かの中で燃えている。
私たちは、その灯を絶やさぬよう、心を照らし続ける。
――怒りも、悲しみも、祈りに変えて』
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