第163話:ウポポイと、沈黙のバッターボックス
■Scene1:ウポポイ 民族共生象徴空間
白老町の海沿い、ウポポイ――――
先住民族・アイヌの文化を伝える空間。
凛奈は、木彫りの文様や歌声の残響に、心の奥が震えるのを感じていた。
スタッフ:「“ウポポイ”とは、“みんなで歌う”という意味なんです。
争いじゃなく、共有の文化としての記憶が、ここにはあります」
凛奈:「……どこか“キムチ”にも似てる。
辛さの中に、人の温かさがあるから」
■Scene2:苫小牧へ、そして高校野球のグラウンドへ
午後、凛奈は苫小牧市に移動。
駒澤大学附属苫小牧高等学校――
あの、田中将大が甲子園を沸かせた地。
その野球場で、一本の通報が入る。
「グラウンドで男性が倒れている!」
倒れていたのは、元監督・佐々村弘明の弟――佐々村健三(63)。
軽い意識障害と記憶混濁が見られた。
だが脳に異常はない。
手帳にはこう書かれていた。
「……兄さんに、“ありがとう”を言いそびれたまま、20年が過ぎていた」
■Scene3:バットとキムチ、沈黙の交差点
凛奈はベンチに置かれていた木製のバットに鼻を近づけた。
そこには、練習後に差し入れられた**地元キムチ――「苫小牧ホッキキムチ」**の香りが移っていた。
(これは……“ホッキ貝”の出汁と、発酵ニンニク。
神経系にやさしく働く酵素。だけど、過去の強い記憶を引き出す作用もある)
凛奈は佐々村健三の口元に、同じキムチをひとつまみ差し出した。
「食べられますか?」
彼は頷き、口にした。
次の瞬間、ぽろぽろと涙をこぼしながら呟いた。
「兄貴が……どれだけ生徒のこと、思ってたか……
俺、わかってたのに、素直に言えなかったんだ……!」
■Scene4:兄弟の再会、グラウンドにて
夜、グラウンドに現れたのは、元監督・佐々村弘明(71)。
かつて田中将大を育て、今は故郷で余生を送っていた。
弘明:「あいつが倒れたって聞いてな……もう、口きけないかと思ってた」
健三:「兄貴……あのとき、“俺も支えたかった”んだよ。
でも怖かったんだ。兄貴が大きすぎて……」
弘明:「馬鹿だな、お前。ずっと待ってたよ、その一言を」
2人は、照明の落ちたベンチで肩を叩き合った。
凛奈はそれを見届け、そっとグラウンドを後にした。
■Scene5:苫小牧の夜と、凛奈の記録
その夜、凛奈は苫小牧のホテルでホッキ貝丼と**地酒“千歳鶴”**を楽しみながら、ノートに書き記す。
『“ありがとう”も、“ごめん”も、
言えないうちに遠くなってしまう。
だから私は、声を届けるためにキムチを差し出す。
香りが、伝えてくれるから』
そして微笑んだ。
「次は――十勝。もっと大きな空へ」
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