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39着目

「え、ちょっと待って、これ尋常じゃないんだけど」

『おう。もう二度と手放すなよ。次も拾えるかはわからないぞ』

「だったらなんで……! っと、それどころじゃないわね」


 私が一度崩れかけたのを見てイグニションベアが速度を上げた。私が死ぬ前にその手で、ってことかしら? もちろん、剣をつかみ直した今さっきみたいに瀕死なわけじゃないけれど、かといってさっきみたいによくわからないけど気力体力充実して、なんでもかかってこいって思えるわけじゃない。

 さっきと同じ状態ではあるけれど、気力は明らかに落ちてきてると思う。奴はそれを見て感じとってるんだろう。


「ちょっと飛ぶわよ!」

『お? よくわからないけど離すなよ?』


 ……飛び降りながら片手で自分の全体重を支える? 現実的じゃないけど、この剣の力抜きでそれを為す方がもっと現実的じゃないわね。

 なら、手を使わず、落とす心配がない……そんな選択肢を。


「……!」

『お、おい、なにを!?』

「っ!?!?!?!?!?!?!?」


 声にならない悲鳴を文字通り嚙み殺し、全身を発条 バネにして宙に投げ出す。

 少し離れた木に飛びつき、がくりと揺れる頭が奥歯を軋ませた。


「ぎ!?」

『おいおいおい!』

「はまっへ!」


 奥歯が砕けたかもしれないけれど、そんなことを言ってる場合じゃない。後ろを振り向いて確認すると、奴はもうこっちを見てる。歯をむき出しにした獰猛な顔。追い詰めるだけと思ったら逃げられたから? それとも私が地面に叩きつけられずに済んだことにほっとしていたりするんだろうか。そうして死んだらきっと、あいつにとっては面白くないんだろうし。

 さて、あいつがどんな移動手段を持ってるかわからない以上、こんな風にもたもたしてる暇はない。すぐに移動しないと。登るか、降りるか。


『黙るか!? 何考えてる!』


 うるさいな。ええと、多分予想外の逃げ方したし、さっきまでのかくれんぼ兼追いかけっこにはもう付き合ってもらえないだろうな。真っ当に追いかけっこで逃げ切れる自信はないけど、体重の分の有利不利を考えると、このまま樹上で追いかけっこをするのが現実的……だよね。


『聞いてんのかおいこら!』

「はいほ?」

『なんで俺を刺した! それもてめえの顔に!』

「ぺっ」


 手に持って行動できない以上、他の方法で身につけるしかない。鞘や帯に今適当なものがない以上、選択肢はまあ、『咥える』か『刺す』くらいしか思いつかなかったわけで。運動する上で支障がなさそうなのは腹か頰。安全を考えたら頰を貫いて奥歯で嚙みしめるのが一番現実的だと思った。

 剣の《覚醒》というのがどんなものか判然としないけど、ちょっとした痛みくらいで集中力が乱れることはないだろうと思ったのがはまったのもなかなか大きかったかな。

 なんて、剣が刺さったままの口で説明する気はわかないんだけど。

 さて、次の木は……


『おい、熊が来るぞ!』

「うわ」


 太めの枝の上で、イグニションベアが地上で見せたのと全く同じ突撃姿勢をとる。膨れ上がった炎が真上にある小さい枝たちを焼いていく。

 これはまずい、そう思った次の瞬間!


 Creak メリメリッ.....Boom ドサッ


「へ?」

『え?』


 イグニションベアが飛び出すか出さないかという瞬間に、奴が足場にしていた枝ごと木が後ろに倒れた。え、いや、どういうこと?


『ああ……そういうことか』

「ほうひふほほ?」

『いや、多分だけどな? お前がさっきの木を昇り始めた時、あいつ木の周りをしばらくぐるぐる回ってたろ? そのせいで根元の方が結構焦げてたんじゃないか? それであんな威力のぶちかましをしようと踏ん張ったもんだから』


 その威力に耐えられなくて、足場にしてた木の方が折れた……? そんな馬鹿な。


『理性じゃない。本能をねじ伏せてる分、そういった危機感とかの勘も鈍くなってるのさ。だから上ってる木が自分のせいで焦げたことも気付かない。致命的な隙だ』

「うはぁ」

『けど緩めるなよ? さすがにもう登れないのは気づいたろ。なら次に奴がするのはなんだ?』


 自分が木に登れないのに、獲物が高いところにいる。私だったら弓を射るところだけど……あのイグニションベアはそんなことはできないだろう。

 ……もっとえげつないことができるけど。


 Boom ドカーン!!


 頭が答えを出すのと、体が反応するののどっちが先だったのかはわからない。だけど、気がついたら私は次の木の幹に張り付き、本能の赴くままにその木を昇り始めていた。背後では、ついさっきまで張り付いていた木が根元からへし折られて倒れ始めている。そう、登れないならへし折っちゃえばいいのよね。そうしたら私が落ちてくる……まあ、根元から炎で炙られるかと思ったけど、それには私のいる位置がちょっと高いでしょ。


『この調子で逃げてれば、割とすぐあいつが力尽きそうだな』


 剣の言葉に、私は自分のお腹をとんとんと叩いて見せた。確かに、私一人ならそういう風に逃げられたかもしれない。だけど本気で私が逃げてしまえば、奴は最悪の選択肢を拾うだろう。

 もうずいぶんと後ろにおいて帰してしまった、あの女の子の命を。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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