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 鍬や鎌、棍棒などで武装した農民の成人男性が戦える相手としては、まあ狐や狸、山犬くらいがせいぜいだろうか。

 鉈を持った一流の狩人であれば……狼とは戦えるかな? あるいは真っ当な武装をした戦士とか、騎士とかね。それでもまあ、群れじゃなければ、だ。そして豹や虎は厳しいだろう。獅子ならまあ、うん。

 一流の武装をして、一流の装備を揃えて、十分に準備した狩人は熊を狩る。だけど、大型の猪や群れの狼、人の味を覚えた熊を山から駆り出すのには傭兵団や騎士隊を呼ぶのが一般的だそうだ。幸い私がいた村は猟師さんが超一流の一家だったから世話になったことは無いんだけど。

 獣。獣物。害獣。あるいは一転して、獲物。条件さえ整えば、私でさえ追い払うことができる。

 ごくごくありふれた、隣人。

 それがいわゆる、獣である。いまのところ私は、熊以上に恐ろしい獣にはあったことが無い。先日は生き延びることができたけれど、あれは運が良かったに過ぎないだろう。本当に恐ろしい存在なのだ。なんの心構えも無い人間がいく人束になって挑んだところで何もできはしない。下手に傷つければ猛り狂い、常以上の厄災となり得るだろう。

 だが、覚悟があれば只人でも対処できないことは無い。獣というのはそういうものだ。


 魔獣は違う。

 獣の一段上に、そう呼ばれる存在がいる。

 それは只人がどうこうできる存在では無い。私がこの目で見たことがあるのはそのさらに上、幻獣であるドラゴンだけだが、その力は圧倒的であった。翼を振るえば家が吹き飛び、吐息は小川を干上がらせる。恐慌した村人が腹に突き刺した槍はそのまま飲まれ、口から吐き出されたそれが石造りの食糧貯蔵庫を貫き、崩した。やってきた魔法使いに翼や足を切り落とされては不思議な光でそれを生やし直し。理不尽としか言いようの無い生き物。それがドラゴンという個であり、幻獣という種である。

 だが魔獣は群れて幻獣を殺し得る生き物だ。

 あそこまで偉大な体躯は持っていない。風格も無い。だが常の獣を上回る体躯を持ち、特別な力を持つ彼らはどす黒い血をその身に宿しているという。その姿を目に移せば獣たちは逃げ惑い、ほえ声を聞けばその場で死を装う。

 縄張りを侵すものがあれば襲い、同族を見つければ喰らいあい、人をみれば戯れに殺す。

 それを殺すには魔法使いに頼るしか無い。あるいは生来魔法を使うことを許されたヒューマン以外の人種であればまた違うのかもしれないが、それにしたって魔法抜きで挑むことができるわけでは無いのだ。

 いや、一応おとぎ話でもなんでもなく、1つの現実的な話として魔法を持たないヒューマンが群れを持って魔獣を退治したという事実はある。噂話に尾ひれ羽ひれがつくのは常識だが、これに限ってはその心配は無い。何故なら以前一度私が実際に見た話だからだ。

 かつて村長に連れられて隣の隣の村まで行ったとき、1つの騎士団が傭兵を連れてその村を通って行った。行きは傭兵12人と騎士団50人、貴族らしい指揮官が1人の63人にその村で加えられた近隣の魔獣の縄張りまでの案内人1人。帰りは傭兵2人、騎士団22人、けが人18人に、荷車に乗せられた人間の死体が10人分と、魔獣の死体が一体分。彼らが挑んだ狼ほどの大きさの、狐姿の魔獣が一匹。荷車に乗せられたその死体は半透明で……こっちは噂なのだが、口からは毒を吐いたそうだ。けが人を運ぶのに駆り出されたその村の働き手の何人かは、のちに騎士団に召し上げられたらしい。その彼らもまた、魔獣に挑み死んだのだろうか?

 まあ要するに、魔獣と戦うというのは英雄の所業なのである。

 逆説的に言えば、魔獣を殺すことができれば人は英雄や豪傑、勇者と呼ばれることだろう……まあ、無理だろうけど。


『で、どうすんだ?』


 どうするって、何が。


『あの子見捨てんのか?』

「なんで?」

『何がなんでなんだよ』


 何がも何も……そんな馬鹿らしい問いがあるだろうか? 彼女を見捨てて、私にどうしろっていうの?


「1つ、現実的なことを教えてあげる」

『ん?』

「たとえ彼女を見捨てても、私は助からないわよ」

『そりゃそうだ』


 結局私がやったことは簡単だ。外套 マントを翻して目くらましをし、近くの木に隠れる。多分だけど、居場所はすでに知れているだろう。あくまで、次の一手を警戒して攻撃してこないだけだ。

 というか、最悪なことに前回撃退して作ったはずの『一度目は私が勝った』という精神的な優位性をいまので手放してしまった。次は同じ方法では撃退できないだろう。そもそも通用しなかった可能性が高いことは確かだけれども。


『つまり、生き残るためには俺たちはあいつを倒さなきゃいけないってことだな』

「そ。まあ、無理よね」

『見込みは無いだろうな。確かに』


 もし野営地に戻れれば、毒がある。だけど、体が燃えている化け物にそれは有効なんだろうか? 使って仕留めた獲物でも貴重な栄養源だし、焼けば飛ぶ種類の毒を用意したんだけど。


『でも、諦める気は無いんだろう?』

「そりゃね」


 今更そんなことを考えても無駄か。

 どうせ死ぬならなんだってやってやる。


『OK。俺がお前に手を貸してやる。やつを倒すぞ』


 ……。


『あ、OKって言うのは……』

「あんた手、無いじゃん」

『そっちか!?』

いつも読んでくださってありがとうございます。

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