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33着目

 目の前の黒塊が吠える姿はどこか現実味が無い。目の前に彼女が倒れているは認識できているはずなのに、指一本動かすことができない。完全に精神が緩んでしまっている。今急速に巻き直しているけれど、それは間に合うんだろうか。間に合わせなければ死体が増えて、剣が外された宝石 いしと熊の腹の中で再会するだけのことだが。

 どうしてこんなことに……なんて、そんな甘ったれたことを叫ぶことが私に許されているだろうか?

 いいや、きっとそれは無い。そんなことは許されない。そして私自身許せない。


 VoA!!


 ああ、思えば私は浮かれていたのだ。謎の喋る剣という、会話ができる相手との遭遇に。

 たとえ『情がある』なんて言っても、目の前のもの言わぬ少女に苛立ちを全く感じずに居られるわけじゃ無い。寂しいと思うことを止められるわけが無い。いや、一人ぼっちではなく二人ぼっちだからこそ、より寂しく、より寒いのかもしれない。

 会話が無いことが寂しくて、寂しくて。辛くて。

 ぎゃあぎゃあとわめいて剣を脅してはいたけれど、実際のところはそれを楽しんでいたんだと思う。本来ならこの変な喋る剣が交渉を持ちかけた時点で放り出せばよかった。そんなのにつきあう暇があったら、さっさと走ってでも探しに行くべきだった。

 ここ数日、大型の獣の気配なんてしなかった。狐や狼だって恐ろしいけれど、さすがに遭遇してから多少は対処できると思っていた。だからまあ、油断はしてた。

 彼女がいなくなった事態を深刻に捉えたつもりにはなっていたけど、それでも会話することを優先してしまっていた。

 あ、だめだ。頭の中がまとまってない。

 そうだよ。こんなこと考えてる場合じゃ無いんだ。

 動け!


『右だ!』


 剣の声に思わず飛び退る。目の前の空間を熊の右足が薙いだ。


『おい、なんで下がったんだよ!』


 つまり今のは右に避けろって意味だったのかな?


「何言ってんのかわかんないのよ!」

『なんだと!?』


 打ち合わせもなく『右』の一言で反応できるわけ無いでしょ! 右から来るのか右に避けろって言われてるのかもわかんないし、あと右腕で攻撃されてるのかもしれないし、右腕で攻撃受けろって言われてんのかもしれないし、そもそも攻撃に対応とかじゃなくて右を見ろって意味かもしれないし。

 っていうか、私どうしたいのかしら。この状況を。どうしたらいいのかしら。えっと、何かしなきゃいけないのはまちがい無いんだけど。


「う……」


 うめき声……あの子の。熊の足元、生きてる。

 ああそうか。あの子を助けなきゃいけないんだ。それはいつかと変わってない。


「どう対処するかは私が決めるから、方向教えて。突っ込むわ」


 自分で言うのもなんだけど……とっさに出てきたのがこんな言葉か。まあでも大分頭の中がまとまってきた方なのかもね。何をすればいいのかはわかってるんだから。


『い、いやいやいや待て待て! 人間が素手で熊に勝てるわけ無いだろ!』

「あの子助けなきゃいけないのよ。あんただって宝石 いし取り戻したいでしょ」

『それがなんだよ』

「こいつの腹の中よ、多分」


 剣が声につまる。

 いや、まあ、本音で取り戻す気があるかって言われると微妙なんだけど、私はあの子を見ることに力を割きたいもの。背を向けて走る場合もあるだろうし、熊の動きを見てくれる剣をなんか適当なことを言って味方につけた方が有利だと思うのよね。

 人間に拾われるのが久しぶりだったみたいだから、行きたい場所がある以上私が無茶するのを歓迎するとも思えないし……

 でもあの子を担いで熊から足で逃げるって現実味無いなぁ。


 Goff……


 熊が両前脚を地につけて鼻を鳴らす。あの子の体は完全に腹の下だ。もしこのまま私が逃げたら、私を追ってくる前にあの子を食べる……んだろうか? どういうつもりなのかはちょっとわかんないけど。

 ああ、でもついてきてくれるならここで戦うより、とりあえず引きずってここから離れた方が安全かなぁ。

 練るか。


「っふー……すー……」


 息を吸って、吐いて、それで。

 ニヤリと熊が笑った。


「は」

『あ、しまっ!?』


 vo...vow......v.V.Vo.VoA!


 轟と。

 空気がうねる。

 私が吸って吐くよりずっと大きな空気が、熊を中心に渦巻いた。


——俺、喋れるだけじゃなくて特別な力があるんだよ——


 なんてぬるいことを考えていたんだろう。一度撃退できたくらいで、どうして熊と戦えるなんて思ったんだろう。いやでもこれは。多分それ以前の問題か。


——《覚醒》だ。所有者の持つ眠れる資質を引き出す——


 剣から分離した宝石 いしは、性能が下がるそうだけど、力を持ってることには変わらない、だったはず。ならこの熊は。

 この熊はすでに《覚醒》しているんだ。


「ちょっと、あんた持っててもこれと同じような力があるとは思えないんだけど」

『お前に素質が無い……いや、こいつのがやばすぎるんだ』


 熊の両肩と爪先、腰元から真っ赤な炎が上がり、逆光がその表情を隠していた。

 この熊はすでに、獣じゃない。もう一つ上の領域にいる。

 その討伐に騎士団が必要だとされる、そんな存在。

 魔獣の領域に。


 VoaaaaaaaaaaaaaaA!!!

いつも読んでくださってありがとうございます。

熊のイメージは、ポケットに入るモンスターのあれですね。二代目御三家の炎のやつ。

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