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リプレイ・ミュージック ―35歳、もう一度だけ夢を見る―  作者: にゅん


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それぞれのステージ

 『After the Applause』の開催まで残り3か月となり、ライブの準備は企画書の中だけではなく、実際のステージを想定した段階へ進み始めた。隼人自身の生活は大きく変えず、平日は大学へ通いながら楽曲の確認を進め、週末にまとめて制作スタッフとの打ち合わせやリハーサルへ参加している。


 最初に決めた方針通り、隼人自身が楽器を演奏する予定はない。これまで自宅で作曲する際には鍵盤やギターへ触れることもあったが、ライブでは歌唱へ集中し、伴奏は制作側が集めたサポートメンバーへ任せる。自分で何もかも担当するより、それぞれの専門家が最も得意な部分を受け持った方が完成度を高められるという判断だった。


 初めて全体リハーサルへ参加した日、隼人は大学の講義を終えてから会場近くのスタジオへ向かった。今回集まっているのはサポートメンバーと制作スタッフが中心で、ゲスト3人については予定を合わせながら個別に合流することになっている。


「まず、全体を3つに分けたいと思っています。最初は高校時代に公開した曲を中心にして、そのあと大学へ入ってからの曲とゲストパート。最後は今のLentoとして歌いたい曲へつなげたいです」


 隼人が事前に作ってきた構成案を説明すると、高橋は資料を確認しながら演出担当者と視線を交わした。人気曲を前半へ集中させる一般的な構成とは少し違うが、今回のライブは活動の時間を順番に辿る意味も持っているため、制作側もその考えには賛成してくれていた。


「第1部は『夜明けの途中』、『青のコンパス』、『余白の先へ』の3曲ですね。ここはLentoさんの活動初期を見せる形で、映像についても当時のイラストを活用する方向で考えています」


「それなら紗月にも確認してみます。当時の絵をそのまま大きくするだけじゃなくて、今の絵と組み合わせても面白いかもしれないので。本人がやりたいって言ってましたし、仕事として正式にお願いしてください」


 高校時代からLentoの楽曲を知っている人なら、最初の3曲と紗月のイラストを見ただけで当時を思い出せるだろう。一方で最近知った人には、現在とは少し違う歌い方や作品の雰囲気を知ってもらえる。過去を懐かしむだけではなく、現在まで続いてきた時間として見せたいと隼人は考えていた。


 第2部には『リンクライト』を置き、その後からゲストを登場させる。星乃ミナの『また明日』、白瀬こよりの『はじめまして、未来』を続け、再び隼人が中心へ戻って『帰らない季節』を歌う構成だった。


「問題はゲストパートの見せ方ですね。ミナさんとこよりさんは映像での出演になるので、同じ形式が続くと印象が似てしまいます」


 演出担当者から指摘され、隼人も用意されたステージ図へ目を落とした。大型スクリーンにアバターを表示するだけなら技術的には簡単だが、それでは普段の配信を大きな画面で見ているだけになってしまう。


「2人の活動の違いを使えませんか? ミナさんは今の完成されたステージを見せて、こよりさんは活動を始めた頃から今までを見せる。特にこよりさんは、『はじめまして、未来』を渡した頃と今ではかなり環境が変わってますから」


 その言葉から演出案が広がり、スタッフ同士で意見が交わされ始めた。隼人は必要な部分だけ自分の希望を伝え、映像技術や照明については専門家へ任せる。前の人生では自分たちだけで何とかしようとして疲弊した経験があるからこそ、今は任せることも制作の一部だと思えるようになっていた。


     ◇ ◇ ◇


 翌週には星乃ミナを交えたリハーサルが行われた。本人は遠隔で参加するため、スタジオの大型モニターには普段の配信でも使われている青と白を基調とした姿が映し出されている。


「Lentoさん、最初に確認しておきますけど、本当に今回は変な追加注文ないですよね? 私、前回の配信で視聴者に録音しておけって言われたんですから」


 開始早々に念を押され、隼人は思わず笑った。『また明日』を最初に提供した頃と比べればミナの歌唱力も表現力も大きく伸びており、今さら細かな歌い方を指定する必要はほとんどない。


「ないですよ。むしろ最初に渡した時と同じように歌われる方が困ります。今のミナさんが自分で一番いいと思う歌い方にしてください」


「……そう言われると、それはそれで難しいんですけど。もっと具体的に指示されると思って、昨日かなり練習したんですよ?」


 不満そうな声とは裏腹に、モニターの向こうのミナは楽しそうだった。隼人は笑いながら、今回の『また明日』では原曲を再現することより、彼女がこれまで歌い続けてきた時間を感じられるものにしたいと説明した。


 曲を提供した当初、ミナは既に多くの視聴者を持つVTuberだった。それでもLentoとの仕事をきっかけに新しい歌い方へ挑戦し、その後も活動を続けている。今の彼女が歌えば、同じ曲でも当時とは違ったものになるはずだった。


「Lentoさんって、たまに面倒な注文をするのに、急に全部任せてくるから困るんですよね。でも今回は、好きに歌わせてもらいます。昔より下手になったとは言わせませんから」


「そこは心配してません。それより、本番で俺が近くにいても笑わないでくださいね。ミナさん、絶対に変なこと思い出すでしょう?」


「被害者の会ですか?」


「自分から言ってるじゃないですか」


 スタジオにいたスタッフから小さな笑いが起こり、張り詰めていた空気が少し和らいだ。その後に行われた通し確認では、ミナの歌声が以前より柔らかく、それでいて安定していることがはっきり分かった。


 隼人は途中で細かな修正を入れることなく、最後まで聞いた。歌い終えたミナが恐る恐る感想を求めてきたため、今のままで問題ないと伝えると、なぜか彼女から疑わしそうな視線を向けられることになった。


     ◇ ◇ ◇


 白瀬こよりとのリハーサルでは、歌唱より先にステージ演出について時間を使うことになった。制作スタッフが用意した最初の案を見た瞬間、隼人は珍しくその場で採用を決めた。


 暗転したステージ中央の巨大スクリーンへ、配信開始前を思わせる簡素な画面が表示される。そこには余計な装飾を入れず、こよりが活動初期に何度も見てきた数字だけを映す予定だった。


【視聴者:1】


 数秒後、その表示がゆっくり消え、代わりに新しい文字が現れる。


【配信を始めます。】


 そこから『はじめまして、未来』のイントロへ入り、スクリーンに現在のこよりが姿を現す。曲が進むにつれて背景には過去の配信を思わせる小さな窓が増え、最後には数え切れないほどの光が広がる演出だった。


「……これ、本番で見たら私、最初から泣くかもしれないんですけど」


 リハーサル用の映像を見終えたこよりが困ったように笑う。隼人は隣に置かれたモニターを見ながら、最初の【視聴者:1】が消えていく瞬間をもう一度思い返した。


「泣くのは構いませんけど、歌えなくなるのは困りますよ。最初の部分だけは何回か見て慣れておいてください」


「そこは心配してくれるところじゃないんですか!? 普通、『無理しなくていいですよ』とか言いません?」


「5,000人の前に出てもらうのに、歌わなくていいとは言えないでしょう。それに、こよりさんなら大丈夫だと思ってるから、この演出にしたんです」


 冗談めかした会話のあと、こよりは少しだけ黙った。初めて曲を提供された頃、自分には大きな実績もなく、Lentoがなぜ声をかけてくれたのか分からなかったという。


 その疑問は、登録者が増えてからも完全には消えていなかったらしい。


「私、今でも時々考えるんです。あの時Lentoさんから連絡が来なかったら、どうなってたんだろうって。仕事しながら配信は続けてたと思いますけど、こんなところまでは来てなかったですよね」


 隼人はすぐには答えなかった。自分が曲を渡したことで状況が変わったのは事実だが、その後に集まった視聴者を残したのは、こより自身が配信を続けた結果だ。


「最初の入口を作ったのは俺かもしれません。でも、そこから残ってくれた人たちは、こよりさんを見に来てるんですよ。俺の曲だけが目的なら、とっくに次の曲へ移ってます」


「……本番でも、それくらい優しいこと言ってくださいよ」


「喋る時間を作るなら考えておきます。でも期待しないでください。俺、長いMCするつもりないので」


 こよりの笑い声がモニター越しに響き、張り詰めていた雰囲気が解けていった。その後の歌唱確認では、最初の映像を見ても声が乱れないよう何度か練習し、本番までに十分対応できそうな感触を得ることができた。


     ◇ ◇ ◇


 Mioとの確認は、ほかの2人とは少し違っていた。『言えないままで』は既にアニメイベントで一度披露しており、互いの声をどのように重ねればいいのかも分かっている。


 そのため今回の課題は、同じ演出を繰り返さないことだった。


「前回は曲の最後まで互いを見ない構成でしたよね。今回はLentoさんのライブなんですし、同じことをしても面白くないと思います」


 Mioの意見に、隼人も頷いた。『透明な手紙』のイベントでは作品世界を優先したため、2人が離れた位置から歌い、最後まで視線を合わせない演出にした。しかし今回はアニメのイベントではなく、Lentoの単独公演だった。


「今回は普通に同じ場所で歌いましょうか。顔は照明で見えないようにしますけど、前回みたいに距離を取る必要はないと思います」


「それがいいです。というか、最初から普通に歌えばよかったんじゃないですか?」


「前回はあれが正解だったでしょう。Mioさんだって終わったあと褒めてたじゃないですか」


 Mioは少し笑い、今回は今回で別の『言えないままで』にしたいと答えた。隼人も同じ考えだったため、細かな演出についてはスタッフへ任せ、2人は歌唱の確認へ移ることになった。


 以前より互いの癖が分かっていることもあり、合わせる作業は驚くほど早く終わった。隼人が声を強く出す場所ではMioが少し引き、逆に彼女の繊細な声を聞かせたい場所では隼人が存在感を抑える。何度も説明しなくても自然に調整できることが、前回の経験を物語っていた。


「本当に大学生なんですよね?」


 休憩中、Mioから唐突に聞かれ、隼人はペットボトルを持ったまま彼女を見た。以前にも似たようなことを言われた覚えがあるため、今さら驚きはしなかった。


「まだ疑ってたんですか。大学生なのは本当ですよ。それ以上は秘密ですけど」


「歌ってる時より、こうやって休憩してる時の方が年相応に見えるんですよね。さっきスタッフさんからお菓子もらって喜んでましたし」


「無料のお菓子は年齢関係なく嬉しいでしょう」


 隼人が真顔で返すと、Mioは耐え切れずに笑い始めた。ステージでは互いの声を細かく意識しているが、曲が終われば普通に話せる。その距離感も、今の隼人には心地よかった。


     ◇ ◇ ◇


 3人との確認を終えた頃には、本番まで残り1か月半となっていた。隼人は大学の予定を崩すことなく準備を続けており、制作側から急な追加練習を求められることもほとんどなかった。


 全体の曲順も固まり、第3部には『夜を連れて』、『言えないままで』、『拍手のあとで』の3曲を置くことになった。特に最後の『拍手のあとで』については、公演名そのものにつながる曲であるため、派手な演出を追加せず、歌と照明だけで終える方針に決まっている。


 制作側からアンコールについて相談された時も、隼人は予定に入れないことを選んだ。観客から求められる可能性は理解しているが、最初からアンコールを前提として曲を隠しておく方法は、今回のライブには合わないと思ったからだ。


「最後に『拍手のあとで』を歌って、それで終わりにしたいです。タイトルからして、拍手が終わったあとまで含めたライブなので、そこからもう1曲やるのは少し違う気がします」


 高橋は演出上の意図を確認したあと、その方針を受け入れた。終演後には公演終了を明確に案内し、観客を必要以上に待たせないようにするところまで決めておく。


 ライブを大きく見せるために予定を増やすのではなく、必要なものだけを残していく。その考え方は、曲順だけでなく公演全体へ少しずつ浸透していた。


     ◇ ◇ ◇


 本番まで1か月を切った頃、隼人は初めて実際の会場へ足を運んだ。客席にはまだ誰もおらず、ステージ上では照明スタッフや音響スタッフが機材の確認を進めている。


 客席中央付近まで歩いて振り返ると、ステージは想像していたより遠く感じられた。ここへ約5,000人が入り、さらに会場の外では有料配信を通して多くの人が見ることになる。


 以前の隼人なら、その人数を数字として考えていたかもしれない。何人集められるのか、次は何人へ増やすのか、それによって自分たちの価値がどこまで上がるのか。そんな考え方を続けた先で、音楽そのものを楽しむ余裕を失っていった。


 今は5,000という数字を、次へ進むための途中だとは考えていない。


 この客席へ来る100人でも、5,000人でも、やることは同じだった。今まで作ってきた曲を歌い、ゲストが歌う時間を一緒に楽しみ、最後まで終えたら家へ帰る。


 高橋がステージ側から歩いてきて、隼人の隣で客席を見渡した。


「ここまで来ると、実感が出てきますか?」


「かなり。イベントの時は自分のライブじゃなかったので、客席を見てもどこか借り物みたいな感覚があったんです。でも今回は、ここに来る人たちがLentoのライブを見るためにチケットを取ったんですよね」


 口にしてみると、ようやく実感が追いついてきた。5,000席に対して約58,000件の申し込みがあり、その中から抽選に当たった人たちがここへ集まる。


 それは怖さより、楽しみの方が大きかった。


「追加公演を断ったこと、今でも後悔はありませんか?」


 高橋から尋ねられ、隼人は客席を見たまま笑った。制作側として確認したい気持ちは理解できるが、その答えだけは最初から一度も変わっていない。


「ないですね。これを2回やることになったら、たぶん今みたいには楽しめないです。1回だから準備も含めて面白いと思えてますし、終わったら普通に大学へ戻りますよ」


「翌日は日曜日ですよ?」


「じゃあ月曜日からですね。1限があるので、寝坊しないようにします」


 高橋が呆れたように笑い、隼人もつられて笑った。数万人が申し込んだライブの話をしながら、その次に大学の1限を心配している自分は、客観的に見れば少し変なのかもしれない。


 それでも、隼人はこの順番が気に入っていた。


 ライブのために人生があるのではなく、人生の中にライブがある。家族や友人、大学で過ごす時間があり、その中に音楽が存在するからこそ、今度は長く続けていける。


 空席ばかりの客席をもう一度見渡したあと、隼人はステージへ戻るスタッフについて歩き始めた。本番まで残された時間は少なくなっているが、不思議と焦りはなかった。


 必要な準備は進んでいる。


 あとは最後まで生活を崩さず、当日を迎えればいい。


 そしてその日だけは、5,000人の前で思い切り歌う。


 それが終われば、またいつもの生活へ帰ればいいのだから。

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