第一章2 初仕事
何やかんやあって先のおっさんに連れられて町長がいるという家に来た。
おっさんは背に腹は代えられないと思ったのか、あるいは、一筋の望みと考えてくれたのか、彼は、町長の家にすんなりと連れてきてくれた。
道中は、町の男衆たちの視線が冷たく刺さっていたが、戦争に巻き込まれて大きな被害を受けた後に異邦人が突然来たら、俺の故郷の村でも同じようなものだろう。
そして、俺の目に映った彼らの体は、痛々しく目を背けたくなるものだった。
道中でもう一つ驚いたことがあった。
それは俺の髪の色のことだ。歩いているときにふと、家の窓に映った自分の姿が見えた。そこにあったのは見慣れた黒髪ではなく、白髪であった。
先刻会った少女の髪色とは違い、完全な白髪だった。
これも時間転移の影響だろうか。
魔術には、身体の一部を代償に強化したり、不完全な魔術を完全に近づけることができるはずだったから、それによるものか?
内臓が一部無くなって突然限界が来て死ぬなんてことは起こらないでほしいものだ。
かくして町長の家に到着したわけだが、他の町民の家と比較して豪勢さが特別あるわけではなかった。
町長の家でこの様子ならば、町全体として金銭はそこまで期待することはできないだろう。
おっさんが玄関の二枚扉の右側をノックをして、中に声をかける。
「アベルさん、客人が来ました。入ってもいいですか?」
すると、奥の方から老人のしゃがれた声が聞こえた。
「入れ」
ドアを開け、おっさんと共に中に入った。
町長の家というには、あまりにも簡素なもので生活感というものは感じられなかった。
そこには、円卓と不揃いな5人分の椅子があるだけだった。
食器棚や燭台などが一切見当たらなかった。
当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、戦争では略奪があったのだろう。
「まぁ、座り給え」
町長がそう言いながら、奥の席に座ったので、俺はその真正面側の席に座った。
そして町長の右隣におっさんが座った。
そういえば町長の名前はわかったが、おっさんの名前は知らないな。
「いったい、この町がこんなにも厳しい状況に異邦人が何の用かね?」
町長は、すぐに本題を切り出してきた。
まだ、名乗ってもいないのに。できれば異邦人とは関わり合いになりたくないという意思表示なのかもしれない。
しかしながら、こちらとしては千載一遇のチャンスを逃すわけには、いかないのだ。
お金が厳しいのは、仕方がないにしても名声を得られる機会を失いたくはない。
俺の未来がかかっているのだ。
それに冒険者協会での登録でDランク冒険者ではなく、Bランク冒険者として始められるかもしれないのだ。
「私の名前はゼロと申します。少し遠い北国の出身です。先ほど、そこのお父さんから魔物や先の大戦の影響でミガリからのエパネへの輸送路が断たれたとお聞きしました。そこでなのですが、私にその件の解決を任せていただきたいのです」
父さんが昔してくれた話通りに、さらっと偽名を名乗る。
家名は下手に名乗って面倒ごとになるのは、嫌なので名乗らなかった。
昔話の中の時間転移した主人公が偽名を用いるのは時間矛盾が起こる危険性を考慮してのものだったのだろう。今思えばだが、そのトウノ国の昔話では、タロウがモモタロウと名乗っていたがいくらなんでも安直すぎる気がする。
出身地についても先の大戦が一体いつのどんなものなのかわからない以上、白髪でそれっぽくてミガリから遠く離れた北国と言っておけば、さして問題になることは無いだろう。
敵国からだった場合、針の筵にされるかもしれないしな。
俺の言葉を聞いて町長は深く考えるように言った。
「ふ~む、そういうことか。ならば悪いことは言わん、やめておけ。小僧の犬死になど見とうないのでな」
そう言うと町長は、白く長く伸ばされた髭を触るのだった。
「私は、魔術も剣術もそれなりに扱えます。なのでーー」
ーー任せてください、そう僕が言いきらないうちに町長は、言葉を発する。
「だからなんじゃよ。昔そうやって自信をもって挑んだ町の若い男たちは二度と町に帰ってくることは無かった。実際、あいつらは強かったがの~、何倍もヤツの方が上手だったのだよ。知能の高いものでな。相手が強いとわかると本気で殺しにくるが、弱いやつだとわかると相手が死ぬまでもて遊ぶのさ。ワシは弱いヤツだったのでな隙を見て運よく逃げ出せたがな」
おじいさんは過去を振り返るように遠い目をしていた。
しかし、大戦に関わらず、そんな強力なヤツがいてどうやって輸送をしていたのだ?
「大戦が起こる前までは、どうやって物資を輸送していたのですか?」
町長は、短く言った。
「空路じゃよ」
「空路?」
そんな高度な魔術が使えるのか、ミガリの魔術師は。
空路は、俺がいた時代でもほとんど使われていなかったはずだ。
空路を使えるような魔術師がいて、強くて知能が高いだけの魔物を倒せないものなのだろうか。
引っかかる。
「その魔物は、いったいどんな魔法を使うのですか?」
「ヤツは不可視の魔物でな。探知しようとしてもできず、どこからとなく音もたてずに攻撃が来て、ヤツに見つかったとわかるころにはソイツは真っ二つさ。」
不可視の魔物?
聞いたことがない。
それに魔物図鑑にも載ってなかったはずだ。
「ほら、お前の世代で一番強かったガリュードもヤツにやられたというのに、なぜ小僧を連れてきたのだ」
町長は、右隣にいたおっさんを責めるような冷たい口調で言った。おっさんは声を絞るように言う。
「アベルさん、お願いします。町のみんながもう限界なんだ。アベルさんには、伝えてなかったが今朝も男衆の何人かは、ヤツを討伐しに行ったけどまだ帰ってきてねぇ」
「馬鹿者が!!」
町長の怒声が家具のほとんどない家に響く。窓からは夕日が差し込んでいた。
「あれほど早まるなと言ったはずじゃないか!」
「誰かがあいつを討伐しなきゃ、ずっと苦しむことになる。それに空路が復活したってミガリの魔術師にたくさん金を払わなきゃならねぇ」
その声は震えていた。おっさんは悔しそうに拳を握りしめていた。
きっと疎開している家族を待つ手前、討伐になど参加できなかったのだろう。そんな葛藤が彼の顔に表れていた。
ここで黙っていては、男が廃る。それに父さんならここで必ず声をあげたはずだ。
「アベルさん!私がその魔物の討伐引き受けます!」
アベルの爺さんはイライラしたような表情で黙り込む。
諦めたのか、何を思ったのか、アベルの爺さんは強い口調で言い放った。
「フンッ、勝手にしろ。早く出ていきな」
アベルの爺さんは、席を立って階段を上がっていった。
残された俺とおっさんは、窓の外の夕日を見つめていた。
「ありがとうな、兄ちゃん。それで兄ちゃんは今日泊まるところあるか?」
「実は、無いんだ」
「そうか、じゃあ俺の家にでも泊ってけ。女房も娘も今は家に居ないから寂しくてな」
そんな会話をして、俺らはアベルの爺さんの家を出たのだった。
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おっさんの家についた時には、日はもう沈んでいた。
夕飯は、備蓄の乾燥肉だった。
おっさんの家もアベルの爺さんの家と似たような円卓と不揃いな三つの椅子があるだけだった。
ろうそくの火もないので窓から入ってくる月明りで食事をした。
おっさんと俺は、あまり会話をしなかったが、おっさんは、一人娘のことについて笑顔ながらに語ってくれた。
先の大戦についても聞きたかったが、おっさんの笑顔の表情を崩すのは憚られた。
食事を終えるとおっさんはお祈りを始めたので俺も同じくお祈りをした。
女神に対する祈りだ。よく父さんがしていたのを思い出した。
祈りの儀式の後、俺は、ベッドだけが置いてある部屋に泊まらせてもらうことになった。
その部屋の窓から夜空に輝く月を見る。
今日?一日のことを振り返り、腹部からこみ上げるものを感じたが、変えられる未来なのだ。
ビビらずに行動しろ、と自分に言い聞かせる。
父さんだってきっとそう考えるはずだ。
しかし、目からは、涙が溢れ出すのだった。
ーーーどうしようもなく寂しい。
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涙が止まり、落ち着いてきて明日のことについて考える。
明日の未明に出発してヤツを狩るつもりだが、いったいどうすればいいのだ。
透明な魔物、透明な魔物、ーーー。
ミガリの飛行魔術ーーーー。
アベルの爺さんの話ーーーー。
違和感の正体を突き止めようと思い、ひたすら考えを巡らせる。父さんから聞いた話、今まで事典など調べたこと、使えそうな知識を総動員した。
俺は、ある仮説に至った。
ーーーーもしかすると、もしかするかもしれない。
父さんの教育というよりもクロック家の教育は、どこまで時間転移者の行動を見据えたものなのだろうか。
先祖にも時間転移でもしたやつがいたのか。
そんなどうしようもないことを考えて、俺は眠りに落ちた。
読んでいただきありがとうございます。次は、6月3日(水)に投稿します。
次回は、第一章3「透明な魔物」です。




