プロローグ2:世界の崩壊
外の騒々しさと物の焦げるような臭いに少年は目を覚ました。
窓から外を見ると、村の家々が赤い炎に包まれ、村全体から黒い煙が上がっていた。嫌な音を立てながら崩れ落ちていく家。必死に逃げる人々。それを追う黒い影。聞こえてくる悲鳴。
一体、何が起きている?
早足で階段を降りる。母さんがいつもいるはずのリビングのドアを開けようとドアノブに手をかけたその時だった。
「*****」
母さんの絶叫。
グチ…
バタン。
ドアのガラスに血飛沫がつき、リビングが見えなくなる。ドアノブを握る手が震え、呼吸が浅く早く、心臓が激しく脈打つ。
どうすれば...どうすれば...ど......どうする...。
思考が巡らない、状況を理解なんかしたくない。できない。母さん?...嫌な夢?
違う、確かな現実なのだ。ドアノブを握る手に力を入れる。
動け、動け、動け、動け、動け……。
ドアを開けるよりも先に剣が腹を目掛けてガラスを突き破ってきた。みぞおちに激痛が走り、意識が刈り取られる。
「…」
◆◆◆
あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。
父さんの呼ぶ声がする。
俺は、どうやら家の外に救出されたらしい。
父さんは僕が目を開けたのを見て安心してのか、ホッとした表情になっていた。
「おい、レイ!しっかりしろ。いますぐ教会に連れていって治してやるから、気をしっかり持て!」
教会か…。頭が動かせるだけの力がなく、目だけで周囲を見ると白い聖職者の服を来た父さんの部下達も来ていた。
家というよりもかろうじて残った木材は未だに燃えており、黒い煙といやな臭気が放たれていた。
また、聖職者たちは黒い影が必死に戦っていたが押されているようだった。その命がけの戦いとは異なり皮肉なほど綺麗な星空だった。
「応急処置だが、どうにか止血はしたぞ」
俺に声をかけているようで、父さんは自分に声をかけているようだった。
父さんは、部下に指示を飛ばす。
「生存者の安全の確保と二次被害を防ぐために、地下通路の解放と防御結界で村全体に、張れ」
周りにいた数人の部下達は、それぞれのやるべきことをすべく、《《我が家だったはずのところ》》から離れていった。
父さんは、俺に肩を貸し、僕達は引きずるようにゆっくりと村はずれのより強力な結界と治癒の陣がある教会へと向かう。
村の周りを囲むような森を抜けた先に教会がある。聖都で司教として働いており、ほとんど帰ってこなかった父は、俺の体を支えながら息を切らして言うのだった。
「ずいぶん...成長したな」
その言葉には、聖都にいて家に帰ってこなかった時間に対する父さんの罪悪感がこもっているように感じられた。俺は、何と返していいかわからず、また痛みに耐えながら、ただ目でうなずいた。
父さんはそれを見ると真剣な顔をしながら、現在の世界の状況についてこの国で最も世界の情勢に敏感な《《教会》》の司祭として語るのだった。
「今、世界中で似たような災害が起きている……災害というよりも人為的に起こされたもののようだから、厄災と呼んだ方がいいかもしれない。教皇は厄災が起きる直前に側近の親衛隊と共に消息不明になった。おそらく厄災が起きることを事前に知っていたのだろう。教皇の執務室からは、複数の異教の古文書や預言書に関するメモ書きが見つかった」
父さんは、いち早く事態に気づけず、母さんを助けられなかった悔しさに奥歯を噛み締めていた。
自分は、母さんが近くにいて...。
.............。
ようやく教会の扉に手が届く。
扉を開けると慣れ親しんだ土埃のにおいがする。
月光はステンドグラスを通して教会内を照らしていた。
200年前の聖人の魔法によって建てられたこの教会は、いつも村の人々を見守っていた。
教会の上部は半球型になっており、天井窓からの光は、教会の中心である巨大な治癒の陣に集まる。
父は支えていた肩を外して、俺をその上に降ろした。
そして魔法陣の端から魔力を込め始める。
教会のドームの半径と同じだけの魔法陣なのできっと大量の魔力を必要とするだろう。
女神の慈愛の力が魔法陣から伝わり、痛みの感覚が段々と和らいでいく、そしておなかの傷が癒えた。
治癒の魔法は、幼いころに木から落ちてケガをしたときに母さんにかけられた時ぶりだったこととこれだけ大きな魔法陣を使っての治癒は見たことがなく、不思議な感覚になる。
また、痛みから解放された安心とこの状況に対する混乱と後悔の入り混じったため息が出る。
『よし!治ったな…。』
父さんは、かなりの魔力を使って疲れているようだった。父さんは、疲れた顔をしながらもこちらを安心させるように笑顔を向けてくれた。
その瞬間だった。
ドアが強烈な音を立てて吹っ飛び土埃が舞う。
父さんと俺は、土ぼこりを吸いせき込む中で大きな黒い影がかなりのスピードで距離をつめて迫ってくるのに気がついた。
どす黒い影から異常な速さの鋭い一撃が繰り出される。
さっきと同じおなかのあたりを目掛けて、
ギリギリのところで父さんが影と俺の間に割って入り、唱える。
「プロテクト・ギア!!!」
防御魔法で作られたシールドと黒い影の間に火花が散る。父さんが俺に向かって叫ぶ。
「レイ! 地下に逃げろ!!!! 女神の彫像のとこだ!!!!」
父さんが言い終わるか終わらないかのところでまたしても轟音が入口の方からする。うごめく黒い影共だった。
「クッソ!!!! 早く!!!」
父さんの怒号が響く。影共は、一切ひるむ様子がない。恐怖で足がすくむ。体が震える。体が動かない。
父さんが本気で影の押さえをしているのに……
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け……動けーーーー!
小さいが確実な一歩を踏み出す。もっと大きく、早く……。
父さんは聖都随一の魔法使いだ。負けるわけがない。
「うおおおおお!!!」
よしっ、走れた。
女神の彫像に触れる。像の背中あたりに手のひらくらいの朱色の魔法陣が描かれているのを見つけた。今までかなりの回数この教会に来ていたがこんな魔法陣があったことは、知らなかった。
魔法陣に自分の魔力を目一杯、込める。魔法陣から強い朱色の光が放たれる。それと同時に大きな地響きが始まった。もしかして、教会が崩れるのか……。
父さんが地響きが始まったのを理解して叫ぶ。
「レイ!!! 目を瞑れ!!!!!!」
即座に目を閉じる。
「「ライニング・コア!!!!!!!!」」
まぶたを焼いてしまいそうなくらい強烈な閃光が地響きする教会に刺さる。
耳を押さえても地面を裂く音が鼓膜を強く振動する。
不意に自分が立っている石の床が抜け、宙に浮く。
光がある程度収まっていたのもあり、思わず目を開けてしまった。
眼前には、焼かれる影と教会が崩れて露わになった地下へとつながっていそうな隠し階段があった。
「フロウ!!」
宙に浮く体を安定させるために空気を体の周りで流し、風を起こし、落下速度を緩和する。
上空を見ると黒い淀んだ影が空全体の大部分を覆っていた。
父さんの本気の魔法でもほんの少しの時間稼ぎにしかならないかもしれない。
父さんは状況を瞬時に理解して俺の落下地点へと持ち前の剛脚で飛んできた。
地面につき、父さんとすぐに地下への階段を下りる。
父親は、強力な魔法を何回も使ったようで息を切らしていた。また、状況整理をするように父は独り言をつぶやいていた。
「はぁ、はぁ……なんであいつら教会の結界内に入れてるんだ…魔物じ
ゃないのか、それとも結界を……俺がそれに気づけなかったのか? 村に残ったやつらは……」
二人分の足音と父さんの独り言が石でできた壁に響いていた。
俺には、前を走る父さんの背中はやけに小さく見えた。
長い階段を下り終わり、俺は父さんに追いつき、同じスピードで奥へと向かう。
進んでいくとかなり昔に造られたらしい神殿があった。神殿の中央部には石像があり、そこから広がるように魔法陣が広がっていた。
入口のあたりから神殿を見渡しながら、父さんは自分にこの神殿に関する話を始めた。
「ここは、1000年前に俺達レイヴン家の始祖が建てた神殿だ。俺達の一族、クロック家の当主は代々、この神殿の存在を世界から秘匿し、守ってきた。ずっと語り継いできたが300年前の第一次大戦の時に当主が言い伝えずに亡くなちまったせいでかなり特定するのに時間を要しただとよ。そして俺の祖父さんの代でやっと見つけられたらしい。俺は祖父さんには一度もも会ったことないがな」
父さんは大きく息を吸うと覚悟を決めたように言う。
「このバカでかい神殿は、いつかのその時のために造られたらしい
そしてどうやら、今がその時なのだろうよ
はぁーー……今から言うことをよく聞け、そして忘れるな」
「わかりました……」
これから父さんが言おうとしていることなんて本当は、聞きたくない。俺には、父さんがどういう人間なのか、よくわかっている。この状況でどういうことを言おうとするのかも。
父さんは、話を始めると共にその魔法陣に魔力を込め始める。
「よし、それでこそ我が息子だ。まず中心の石像のあたりに行け」
俺は、その指示通りに石像へと向かう。石像は、今の女神の面影のようなものは、あるが少し違って見えた。
「世界を救え、、、レイ。
まもなく世界は預言通りであれば終焉を迎える。この魔法陣は、時間飛行の魔法陣であり、女神その人によって描かれたものだ」
「女神によって、、、」
俺の中にいくつもの情報が錯綜するが、父さんは話を続ける。
「そうだ、神話の登場人物、実際は、ただの少女であり、その美貌と固有魔法によって第一次大戦の引き金になった少女でもある」
俺は女神の能力に気づき、魔法陣に目を向ける。
「この魔法陣でお前は過去に飛べ、慈愛に満ちた女神ならきっとこの厄災を回避できる時代に飛ばしてくれるはずだ」
俺は、自分よりも父さんが過去に行った方がいいのでは、と疑問に思う。
「僕よりも父さんが過去に行った方が厄災を止められると思います」
父さんの表情が歪み、辛そうな表情をしながら言う。
「行けないんだ、、今の俺にはお前を送るのにギリギリな魔力しか残されていないんだよ。
転移系の魔法は、送る物や人間の魔力、体格が大きければ大きいほど障壁になる。そしてこの時間飛行は絶対に失敗できない」
俺のせいだ。俺を守るためにあんなにも大きな魔法をいくつも使わせてしまったせいだ。
「ごめん、父さん。俺のせいで、、」
「お前のせいなんかじゃない
俺は、お前を助けたくて助けた。それにそのことが無くても足りないさ。レイ、俺の代わりに行ってくれるか?」
父さんが真面目な表情で俺を見つめて、返答を待つ。
「はい、、」
時間飛行は、おそらく一方通行で、飛ぶ時代もわからない、父さんとはここでお別れしたらもう二度と会えないかもしれない。
父さんは、返答を聞くと安心した表情になった。
「レイ、これを受け取ってくれ。俺が冒険者時代に使っていた脇差とレイヴン家に伝わる特別な懐中時計だ」
父さんが世界を旅する時に大事に使ってきた小刀に、先祖が受け継いできたもの、そのどちらもが俺がこれからすべきことの重さを示しているようだった。
父さんが魔法陣に魔力を込め始めると魔法陣は赤く光を放ち始める。赤い魔法陣はかつて読んでいた魔法図鑑の中にも見当たらなかったものだった。女神の神術なのだろう。
その時だった。地下通路の方から何かが迫ってくる大きな音がする。
「クソっ、やっぱり大きな魔力に反応して集まってきているのか。」
父さんの覚悟は既に決まっていた。
「レイ、安心しろ。俺が時間を稼ぐ。だからその間に自分で魔力を込めて過去に飛べ」
さっき頷いていながらも俺は、父さんと離れるのが嫌だ。そしてあの黒い影が大量に来るのだ。いくら父さんが強かろうとこの状況は絶望的だった。父さんは否定するかもしれない。けど不確実な過去に飛ぶよりも確実に来る明日を父さんと迎えたい。
神殿の入口に黒い影が見えた。父さんは外界へと繋がる転移陣を何個も入口に配置するがとてもさばききれそうにない。
やるしかない。足に魔力を込め、大きく飛ぶ。
「「父さん!!!!!!目を瞑って!!!!」」
「ライトニング・サン!!!!」
俺が使える最大限火力の光魔法。
父さんもきっと心では同じなのだろう。
腰に差していた剣を取り出して怯んだ影たちをどんどんと切っていく。
フロウで僕も宙で後方から援護をする。
「アイス・ブレード!!!!」
黒い影共は、切っても切っても増えるばかりで、こちら側が劣勢であるのは明らかだった。
まだ魔法陣は異様に赤く光を放っている。
本当に世界が終わるのかもしれない。
父さんと俺は、どちらもかなり疲労していた。その黒い影共の中に黒い外套を着た人がいた。
(もしかすると、コイツをやれば・・・。)
そう思い、ヤツに氷の剣先を向けた瞬間のことだった。
ヤツは、一瞬で俺の方に飛んできて剣で右肩から腰のあたりまで斜めに切った。
小刀で対応しようとしたが間に合わなかった。
体勢が崩れ、無意識にフロウで減速したが石畳に背中を強く打ちつけた。
父さんは、音で気づいて、こっちをすぐに助けようとしたが黒い外套に阻まれる。黒い影共もすぐに迫ってきている。
父さんは、そこであえて一瞬で剣を握る手の力を緩め、相手の剣の威力をそのまま受け流し、体勢が崩れたヤツを回し蹴りで影共のとこへと吹っ飛ばした。
急いで俺のところに駆けつけようとしたがヤツが復活するも時間の問題だった。
父さんは、魔法陣に全身全霊で魔力を込めて指を組み、神への祈りをする。
「父さん、、、、もう、、、」
俺は、もう生きたいなんて思えなかった。。
赤い光が強くなり、揺らぐ。自分の周りが白い光が包み込まれる。光のせいで父さんの姿が見えない。
「父さん、、、、逃げて、、、生きて」
「レイ、またな」
何かが貫かれた音がした。
読んでいただきありがとうございます!
次回は、来週の水曜日になります。
第1章1話「剣士と少女」です。




