07 親戚の商会の商品を売る代わりに、あなたに商品のイメージモデルになっていただきます。もちろん報酬は発生しません
怒りや嫌悪感はない。あるのは(これは、面白いビジネスチャンスだ)という純粋な好奇心。
「ああ、なるほど。構いませんよ?」
その返事にペイティサは驚いて目を見開いた。余程断られて当然のことをしたと自覚していたらしい。
「条件があります。親戚の商会の商品を売る代わりに、あなたに商品のイメージモデルになっていただきます。もちろん報酬は発生しません。それはビジネスに協力していただく、という対価です」
「え?」
ペイティサはしぶしぶ頷いた。
「え、ええ。わかったわ……」
拷問でもされるのかという白い顔をする。渋る女を連れ、工房へと向かった。イスに座らせる。
「このコスメはあなたの肌色には合いませんね。もっと血色をよく見せるには新作の陽の光ルージュを使いましょう」
貴族なだけあって肌のお手入れは行き届いている。
「目の形には宵の雫ルージュをアイシャドウとして使うのが、より魅力的」
昔から知っていたかのように似合うコスメを選び、メイクを施した。ペイティサの顔はみるみるうちに華やかになっていく、鏡に映る自分の姿を見て驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべる。
「な、すごいわ。こんなに自分が変わるなんて、え、私なのかしら?」
ふふ、と笑って言う。
「美しさとは他人の評価のためにあるものではありません。自分自身が、鏡を見て心が躍るように自分を愛するためにあるのです。あなたも自分をもっと愛してあげてください」
ペイティサは少しだけ心を揺さぶられたようで、その後、彼女は見事にイメージモデルの仕事をこなし、親戚の商会の売上は飛躍的に伸びた。わざわざ伝えにきて、感謝の言葉を伝えてくる。
「ありがとう、ミュラージュ様。あなたのおかげで本当に大切なことを学びました……ぐすっ。昔は地味という言葉で毀損を与え、申し訳ございませんでした」
心の中で微笑んだ。
「気にしてないわけではないですが。あなたはもう前を向いてください。まだ、ウォーター系の撥水効果の化粧品は作ってないので崩れてしまいますよ。ほら、泣かないでください」
復讐は必要ない。ビジネスを通して心を人生を、少しずつ変えていくのが最高のやり返しとなったようだから。
ペイティサの親戚の商会の商品をメヌエットのブランド力で宣伝する、という契約が交わされた数日後、工房に呼び出した。
「ペイティサ様。こちら新作のリップグロスです」
差し出したのは透明なガラス瓶に入った、桜色に輝くリップグロス。瓶の底には小さな金色の花びらが舞っている。美しさに息をのんだのが見えた。
「これは。本当に私が使ってもいいのですか?勿体無いような」
「もちろんです。ただし、条件がありますから」
微笑んだ。
「リップグロスを、社交界の令嬢たちに広めていただきたいのです。特に人からどう見られるかを気にしすぎて自分らしさを見失っているような方に、グロスを試していただきたい。感想を教えて欲しいんです」
アンケートであり、テスターだ。
「は、はい」
ペイティサは謎に聞こえる言葉に戸惑いながらも頷き、数日後に行われる王宮の夜会でこの使命を果たすことにした。
夜会当日。ペイティサは渡されたリップグロスをポーチに忍ばせ、会場へと向かう。ミュラージュを嘲笑していた友人たちに、使命だと言い聞かせて声をかけた。
「ねえ、これ、使ってみない?」
最初は怪訝な顔をしていた友人たちも桜色のリップグロスの美しさに目を奪われ、恐る恐るグロスを唇に塗ってみた。
「まぁ!」
「綺麗っ」
「なんてことなの……」
すると、魔法にかかったかのように彼女たちの顔に、今まで見たことがないような明るい輝きが浮かぶ。
「見て!こんなに唇が艶やかになるなんて!」
「この香り、本物の桜のようです」
友人たちの笑顔を見てペイティサの心に、ジーンとしたものがこみ上げてきた。昔の自分がどれだけつまらない日々を送っていたのかを初めて知ったのだ。
他人の顔色をうかがい、自分の地位を保つことだけを考えていたが今は誰かの心を喜ばせる、という使命を持っている。
感じたことのない喜びでやり甲斐。夜会の帰り道。ペイティサは満面の笑みで工房を訪れた。
「ミュラージュ様!皆とても喜んでいました。特に、口紅の色に悩んでいた友人が自分の唇に似合う色を見つけられて、本当に嬉しそうでした!」
聞いてうんうんと、頷く。
「グロスは自分らしさを思い出させてくれる魔法のアイテムなのです。ペイティサ様。あなたもグロスをつけた瞬間から、自分をもっと好きになれたでしょう?」
「えっ」
ペイティサは驚いたように目を見開いた。
「はい……とても」
そして、じっくりと頷いた。昔は嘲笑して醜悪な醜い顔をしていたが。今はコスメによって自分自身と向き合い、変わろうとしている。復コスメを通して癒し、変えていく新しい試み。ペイティサは最初のテスターだということ。
*
ミュラージュの両親は公爵家の名誉と体面を何よりも重んじていた。娘、義理の娘。ミュラージュもルフィルルのことも彼らにとっては社交界での立場を左右する、ただの道具でしかなかった。




