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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
外伝・尚典編 ― 干しアワビ王子の迷走 ―
86/143

最終話 干しアワビ王子、その後

東京での生活にも、

尚典はようやく慣れ始めていた。


洋装にも、パンにも、人力車にも、

もう大きく眉をひそめることはない。


そんなある日、

彼のもとに一通の手紙が届く。

差出人は、姉・尚綾。


王府を離れ、

それぞれの場所で生き始めた姉弟が、

文字だけで交わす、

静かで騒がしい時間の始まりだった。

その手紙は、

やけに分厚かった。


尚典は嫌な予感を覚えながら、

封を切る。


経験上、姉からの長文は、

だいたい幸福度が高い。



|典へ

|元気にしていますか。

|東京の生活は、もう少し慣れましたか?

|こちらは穏やかです。

|隆造さんは相変わらず紅型に向き合っていて、

|私はその横で、日々の暮らしを整えています。

|朝はお茶を飲み、

|昼は布の音を聞き、

|夜は今日あったことを話して眠ります。

|結婚とは、思っていたよりずっと静かで、

|それでいて、とても満たされるものですね。



尚典は、

途中で一度、

手紙を机に置いた。


「……情報量が多い」


王府時代の姉は、もっと簡潔だったはずだ。

どうやら幸福とは、人を饒舌にするらしい。



|追伸

|子どもが生まれました。

|名前は、尚造です。

|よく泣き、よく眠り、

|そして、よく分からない顔で天井を見ています。

|あなたの弟分になりますね。



尚典は、

その一文を何度も読み返した。


「……弟分、か」


その夜、彼は返事を書いた。



|姉上へ

|手紙、読みました。

|情報が多く、少し混乱しました。

|尚造のこと、祝福します。

|本は、何冊あっても困らないでしょう。

|教材も、必要になるはずです。

|こちらで手配します。



それからというもの、

尚典は定期的に荷を送るようになった。


文字の練習帳。

算術の本。

挿絵の多い読み物。

少し背伸びをした内容の教材まで。


必要かどうかは、あまり考えなかった。

「あったほうが良い」と思ったから送った。


――結果、

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尚造本人は、まだその事実を知らない。



1880年。

やがて尚典は、

東京に完全に腰を落ち着ける。


挿絵(By みてみん)


王府の王子でもなく、

社交界の客人でもなく、

ただ「尚の名を持つ一人」として。


その暮らしの中で、

彼の血筋は静かに根を張り、

やがて「東京尚家」と呼ばれる名家となった。


120年後――

その系譜から、

一人の紅型職人が生まれる。


名を、尚継という。


今はまだ、

干しアワビ王子が鏡の前で腕を組み、

パンとスープに悩んでいるだけの時代。


だが確かに、

この東京の日常から、

未来は始まっていた。



尚典編・完


※尚典編からお読みの方へ

隆造編第六話を読むと、

干しアワビ王子の評価が少し変わります。


※隆造編再開のお知らせ

次話から、再び隆造編本編に戻ります。


この穏やかな時間が、

どんな未来へ繋がっていくのか――


この先も、

シリアスとコメディが交差していきます。


「続き気になる」と思った方は、

ブックマークしていただけると嬉しいです!

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