第二話 干しアワビ王子、礼儀正しく天然を披露
東京での初デビューを終えた
干しアワビ王子・尚典。
次は、父・尚泰と伊藤博文の前で
挨拶をする大仕事が待っている。
しかし、天然お上りさんの血は止められない。
礼儀正しくしようと努力するほど、
天然ギャップが炸裂するのであった。
広間に一歩足を踏み入れると、
そこには厳かに座する尚泰と、
穏やかに待つ伊藤の姿があった。
空気が、違う。
「尚典殿」
「こちらが東京の社交界での第一歩です」
従者がそっと耳打ちする。
尚典は背筋を伸ばした。
王府時代の威厳を、
ここで崩すわけにはいかない。
「失礼いたします……!」
完璧な礼――のはずだった。
カツン。
「うっ」
長すぎる礼服の裾が床に引っかかる。
ほんのわずかな乱れ。
しかし王子にとっては重大事故である。
「うう……これは……」
尚典はその場で止まった。
「ええと……これは、失礼に……?」
判断基準がそこにある。
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伊藤は眉ひとつ動かさない。
「尚典殿、慌てずに」
「礼は大事ですが、
落ち着くこともまた礼儀の一つです」
優しい。
だが逃げ道はない。
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尚典は深呼吸を一度、二度。
(落ち着け……)
(これは戦ではない……)
少し違う。
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深緋色の礼服を整える。
しかしその動きはどこかぎこちない。
結果として、
礼儀正しいが、完全に不自然
という新しい状態が完成した。
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一方――
従者はすでにペンを走らせていた。
『尚典殿』
『上京初日、社交界デビュー成功(暫定)』
『礼:完璧(物理的につまずく)』
『精神状態:安定して混乱』
一拍置いて、追記。
『総評:天然は制御不能』
『姉上と隆造殿への報告価値:極めて高い』
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――数日後、沖縄。
静かな午後。
潮の音が遠くに響く。
尚綾は手紙を開いた。
「……あら」
一行、読む。
二行、読む。
三行目で、肩が震えた。
「ふふ……っ」
堪えきれない。
「隆造、これ……見て」
隆造は湯のみを置き、手紙を受け取る。
読む。
止まる。
もう一度読む。
「……これは」
一瞬の沈黙。
そして。
「ははは……!」
吹き出した。
「礼:完璧(物理的につまずく)って……」
「それはもう完璧ではないのでは……?」
尚綾は笑いながら言う。
「でも、あの子らしいわ」
隆造も、少しだけ優しく笑った。
「……そうだな」
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遠く離れた東京で、
尚典は今日も真剣に、
礼儀と向き合っている。
その努力が、
こうして笑いになっていることを――
まだ知らない。
「……これで、挨拶は無事に……?」
本人は、いたって真面目である。
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干しアワビ王子、
礼儀正しく振る舞おうとするたび、
天然が混ざるという新技術を習得。
こうして、
王府王子としての誇りと、
明治東京の天然お上りさんキャラの二重生活は、
ますます安定して迷走を始めたのであった。
⸻
(つづく)




