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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第二部 隆造編前編 ― 王府に刻む布 ―
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第二話 隆造、王女と出会う

この物語は、

琉球王国が静かに揺れ動く頃の話である。


花咲く庭、透き通る海、

そして青く広がる空――


日常の平穏の中に、

やがて大きな運命の布が

動き始める瞬間があった。


王府の工房では、

黙々と手を動かす職人がいた。


その手元に、

未来を問う布が生まれつつあることを、

まだ誰も知らなかった。


――そしてその日、

姫は一枚の紅型に心を奪われ、声をかける。


これが、隆造と尚綾の初めての会話だった。

工房の戸口に、影が差した。


「隆造」


低く、静かな声。


隆造は手を止めず、

わずかに顔を上げる。


そこに立っていたのは、

王族の装いをした少年――

尚秀(しょうしゅう)だった。


挿絵(By みてみん)


「……御用でしょうか」


尚秀は、工房の中を一瞥し、

干された布や染料の並びを眺める。


「この辺りの海は、どう見える」


唐突な問いだった。


隆造は一瞬だけ手を止め、

すぐにまた筆を動かす。


「……以前より、船が増えました」


「見慣れぬ形も多い」


尚秀は、わずかに頷く。


「うむ」


短く、それだけ。


沈黙が一拍落ちる。


「その海図の意匠、気に入っている」


隆造の描いていた布へ、

視線を落とす。


「距離が、変わってきている」


独り言のように言い残し、

尚秀は背を向けた。


「……精進せよ、隆造」


足音が遠ざかる。


その言葉の意味を、

隆造は考えなかった。


隆造は何も言わず、

ただ布に向き合い続けた。


だがその筆先は、

ほんのわずかだけ、

先ほどよりも鋭くなっていた。



工房の中は、静かだった。


木の床に響く足音、

染料を刷毛に含ませる音、

布を伸ばすかすかな擦れ音だけが、

空気を震わせる。


隆造は、黙々と布に向かっていた。


白い麻布の上に、

赤や藍の線が一筆ずつ生まれていく。


彼の世界は、布と染料、

そして自身の感覚だけで満たされていた。


「……あなたが、隆造ですか?」


静寂を破ったのは、

穏やかで澄んだ声だった。


隆造は一瞬、

刷毛を止め、

声の方向を見やる。


そこには、

首里城の御殿から来た姫、

尚綾が立っていた。


清らかで凛とした立ち姿、

だけど柔らかい眼差し――


隆造は、

その存在感に少しだけ息を呑んだ。


「はい。

 私が、隆造です」


短く答え、また布に向き直る。

目は見ない。口数も少ない。

いつものように、ただ仕事に集中している。


挿絵(By みてみん)


「この紅型は……

 とても美しいですね」


尚綾は、

布に描かれた鮮やかな模様を

指先で軽くたどる。


「どなたが作りましたか?」


隆造は一瞬、手を止め、刷毛を置いた。

そして、ゆっくりと視線を上げる。


その目には、驚きでも喜びでもなく、

ただ静かな観察があった。


「……私です」


尚綾は小さく息をつき、微笑む。


「あなたが……

 手で布に問いを刻むのですね」


「……そんな考え方、初めて聞きました」


その言葉に、隆造は僅かに眉を寄せる。

言葉に慣れていない彼にとって、

姫の好奇心は少しだけ刺激的だった。


「……問い、ですか」


隆造の声は低く、ゆっくりと、

布の上を這うように響く。


「布は答えを与えるものではなく、

 見る者に問うものです」


尚綾の眼差しが、一瞬輝いた。


「なるほど……

 布に、問いを宿す……」


姫は、隆造の指先が描く線に目を細め、

興味深そうに近づく。


「もしよろしければ……

 少し、教えていただけますか?」


尚綾は、

純粋な好奇心と尊敬を混ぜて、

静かに頼んだ。


隆造は一瞬迷った。

人に自分の仕事を見せることは滅多にない。


しかし、姫の目は、布を、

そして自分を理解しようとしている――

その静かな真剣さに、彼は頷いた。


「……よろしいです」


刷毛を再び取り、布に向き直る。

そして一筆一筆に、問いと物語を込めていく。


――その瞬間、

工房の空気は、

少しだけ変わった。


それは、

まだ誰も名前を知らない変化だった。


静かな布の上に、

未来を紡ぐ二人の物語の、

最初の線が刻まれたのだった。



(つづく)

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