第四話 2030年|林家、仲村家に謝罪する
2030年。
世界企業・林グループの創業者、
林玉蘭が、この世を去った。
彼女の葬儀には、
各国から多くの関係者が集まった。
そして当然のように――
仲村家にも、その知らせが届いた。
ただし。
玉蘭には、
最後まで伝えておきたいことがあったらしい。
その手紙が、
継のもとへ届けられることになる。
――林家と仲村家。
長きにわたる因縁の、最後の置き土産だった。
2030年。上海。
林グループ本社に近い、格式ある葬儀会場。
巨大なホール。
入口には世界各国から届いた花輪。
日本。
アメリカ。
ヨーロッパ。
東南アジア。
中東。
世界各地の企業・政府関係者から
弔意が寄せられている。
巨大スクリーンには、
林玉蘭
その生涯を振り返る映像が流れていた。
世界企業・林グループを一代で築き上げた創業者。
そして――
家族を何より大切にした女性。
⸻
会場の隅。
継は、黒い礼服姿で立っていた。
その隣にはジョン3世。
こちらも正装している。
ジョン
「……すごいな」
継
「うん」
ジョン
「これ、葬式だよな?」
継
「たぶん」
ジョン
「国際会議じゃなくて?」
継
「葬式です」
ジョン
「各国の企業トップがいるぞ」
継
「林グループの創業者だからね」
ジョン
「政府関係者もいる」
継
「……」
ジョン
「軍関係者もいる」
継
「……」
ジョン
「お前の知り合いも多いな」
継
「……何でだろうね」
ジョン
「お前の家、本当に何なんだ?」
継
「俺も知りたい」
⸻
そこへ。
慌ただしく歩いてくる男性。
林明浩だった。
喪主として、次々と訪れる弔問客に挨拶している。
明浩
「お越しいただきありがとうございます」
「遠いところ、本当にありがとうございます」
「こちらへどうぞ」
「はい。後ほど改めて――」
明らかに忙しい。
継
「……大変そうだな」
ジョン
「喪主だからな」
継
「世界企業の創業者の葬式だもんな」
ジョン
「しかも祖母だろ?」
継
「そう」
ジョン
「逃げられないな」
継
「逃げたら大問題だよ」
⸻
その時。
一人の女性が近づいてきた。
明浩の妻、ひよりだった。
ひより
「継さん」
継
「ひよりさん」
ひよりは、小さな封筒を差し出した。
ひより
「これ……」
「玉蘭さんからです」
継
「……俺に?」
ひより
「はい」
継は封筒を見る。
表には、
『継さんへ』
と書かれていた。
継
「……いつの間に」
ひより
「少し前に、預かっていたんです」
「『自分が死んだら渡して』って」
ジョン
「……」
継
「……開けても?」
ひより
「もちろん」
⸻
継は封筒を開く。
中には、一枚の手紙。
継は読み始める。
⸻
|継さんへ
|
|私がこの手紙を書いているということは、
|私はもうこの世にはいないのでしょう。
|
|あなたには、
|最後に一つ謝らなければなりません。
継
「……」
ジョン
「何だ?」
継
「まだ分からない」
読み進める。
|私の祖父、林景修は――
|
|琉球への使節として赴いた際、
|尚綾姫に一目惚れし、
|かなり積極的に口説いたそうです。
継
「……」
ジョン
「……」
継
「何してんの、先祖」
⸻
継は続ける。
|そして、私の孫である林明浩は――
継
「……」
嫌な予感。
|あなたのお祖母様……
|文さんの会社を、
|倒産寸前まで追い込む騒動を起こしました。
継
「……」
ジョン
「……」
継
「本当だよ」
|祖父も孫も、
|仲村家には大変なご迷惑をおかけしました。
|
|林家を代表して、心よりお詫び申し上げます。
|
|ただし――
継
「ただし?」
|私は、
|あなたと出会えてよかったと思っています。
継
「……」
|紅型を守りながら、
|国や文化の違いを越えて
|人と繋がるあなたを見ていると、
|
|林家がこれまで歩いてきた道も、
|少し違って見える気がします。
|
|これからも、紅型を未来へ残してください。
|
|そして――
|
|明浩には、あまり無茶をさせないでください。
継
「……」
ジョン
「最後の一文だけ妙に現実的だな」
継
「うん」
⸻
継は手紙を下ろす。
少し離れたところでは、
明浩がまだ来客対応に追われている。
明浩
「ありがとうございます」
「はい、こちらへ――」
「申し訳ありません、少々お待ちください」
継は明浩を見る。
そして。
小さく呟く。
継
「……本当だよ」
ジョン
「何が?」
継
「玉蘭さん」
「明浩さんに無茶させないでって」
ジョン
「いや、お前が言うことじゃないだろ」
継
「確かに」
⸻
その時。
明浩がこちらに気づく。
明浩
「継!」
継
「はい」
明浩
「お祖母様から何か受け取ったか?」
継
「うん」
明浩
「何て?」
継は一瞬考える。
継
「……林家の皆さんが」
「仲村家にご迷惑をおかけしましたって」
明浩
「……」
明浩の顔が固まる。
継
「あと」
「ご先祖がお姫様を口説いた件」
明浩
「待て」
ジョン
「知ってるのか?」
明浩
「知らない!」
継
「手紙に書いてあった」
明浩
「お祖母様……最後まで余計なことを……!」
⸻
そこへ。
会場スタッフが明浩を呼ぶ。
スタッフ
「林社長!次のお客様がお見えです!」
明浩
「……今行く!」
明浩は走っていく。
継
「大変だな……」
ジョン
「世界企業のトップも葬式ではただの息子だな」
継
「そうだね」
二人は明浩の背中を見送る。
⸻
しばらくして。
継が手紙を丁寧に封筒へ戻す。
継
「……玉蘭さん」
「最後まで、仲村家に置き土産を残していったな」
ジョン
「林家も仲村家も、先祖から子孫まで騒がしいな」
継
「それは否定できない」
二人は顔を見合わせる。
そして。
継
「帰ったら、文さんにこの話をしよう」
ジョン
「絶対喜ぶだろ」
継
「うん」
「『また林家がやったの?』って」
⸻
上海の空。
高層ビル群の向こうに、夕日が沈んでいく。
林玉蘭。
世界企業を築いた一人の女性は、
最後まで人と人を繋ぎ、
そして――
仲村家と林家の「因縁」まで、
次の世代へ託していった。
継は封筒を胸元にしまう。
継
「……紅型って、本当に人を繋ぐんだな」
ジョン
「お前の家の場合、繋がりすぎだと思うけどな」
継
「それはそう」
⸻
(つづく)




