第三十一話 勝者は、ひとりになる
勝てば、
すべてが解決すると思っていた。
だが本当は違う。
勝ったあとに残るのは
歓声ではなく——
静けさだ。
東京。
夜。
仲村工房。
照明は一つだけ。
机の上。
紅型。
そしてノート。
継は一人、座っていた。
静かだ。
電話は鳴らない。
メールもない。
SNSも。
少し前まで
嵐のように騒がしかったのに。
継は紅型を見る。
あの布。
林が値段を出した布。
世界が値段をつけようとした布。
継は小さく息を吐く。
「……静かだ」
勝った。
確かに勝った。
売らなかった。
守った。
だが——
胸の奥に
小さな違和感が残る。
継は紅型を手に取る。
布は軽い。
だが、そこにある歴史は重い。
窓の外。
東京の夜景。
ビルの灯りが遠く瞬く。
継は思う。
林の言葉。
「市場が価値を証明する」
あの言葉は間違いか。
いや、違う。
継は小さく笑う。
「……正しい」
市場は価値を証明する。
だが、それは守る方法ではない。
継は紅型を机に戻す。
静寂。
その時。
工房の扉。
開く。
彩乃が入ってくる。
彩乃
「まだ起きてるの?」
継
「ああ」
彩乃は紅型を見る。
そして継を見る。
彩乃
「考えてる?」
継
「少し」
彩乃
「林のこと?」
継は少し考えて答える。
「半分」
彩乃
「半分?」
継
「尚造さん」
沈黙。
彩乃は椅子に座る。
彩乃
「何を考えてるの?」
継は紅型を見る。
継
「この布」
一拍。
「尚造さんは」
さらに小さく。
「どうやって守ったんだろう」
沈黙。
彩乃は言う。
「戦争の中で?」
継
「うん」
一拍。
「市場も」
「法律も」
「文化庁も」
「何もない時代」
継は紅型を撫でる。
「それでも残った」
静寂。
彩乃は言う。
「人」
継
「?」
彩乃
「尚造さん一人じゃない」
一拍。
「助けた人がいた」
継は思い出す。
ジョンの祖父。
Civil Affairs。
文化オタクの友達。
継は小さく笑う。
「……確かに」
彩乃
「文化って」
一拍。
「人で守るんだよ」
継は黙る。
窓の外。
夜。
遠くでサイレンが鳴る。
継は言う。
「林は」
彩乃
「うん」
継
「敵かな」
彩乃は少し考える。
そして笑う。
「どうだろう」
一拍。
「文化オタクかも」
継は笑う。
「それは困る」
彩乃
「もう手遅れかも」
沈黙。
継は紅型を見る。
静かに言う。
「……公開する」
彩乃
「え?」
継
「2045年」
一拍。
「沖縄戦100年」
さらに小さく。
「この布、世界に見せる」
沈黙。
彩乃は頷く。
「いいと思う」
継
「そのために」
継は立ち上がる。
机の上のノートを開く。
そこに書く。
展示計画
継
「準備する」
彩乃
「大変だよ」
継
「うん」
一拍。
継は笑う。
「でも、面白そうだ」
窓の外。
東京の夜。
文化の戦いは
まだ始まったばかりだった。
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(第三十一話 了)




