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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第五部 バックナー編 ― 平和へ結ぶ縁 ―
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第五十九話 新しい紅型――沖縄返還協定

紅型は、

過去を残すためだけのものではない。


受け継いだものを、

次の世代へ渡すためのものでもある。


1945年から始まった、

ひとつの問い。


戦争。

占領。

基地。

主権。

そして、沖縄の未来。


その問いに向き合い続けてきた人々が、

今、一枚の紅型を作ります。


『沖縄返還協定』


これは、ただの紅型ではありません。


そして――

物語は、ひとつの大きな節目を迎えます。

1971年6月。


ワシントンD.C.

ホワイトハウス。


初夏の陽光が芝生を照らす。


挿絵(By みてみん)


⸻


会議室。

長いテーブル。


その中央に――

一枚の紅型が置かれている。


挿絵(By みてみん)


白い布だったものは、もう白くない。


表面には、

沖縄の海。

青い空。

花。

村。

子どもたち。


そして――


海辺に広がる緑。

その向こうに見える滑走路。

基地。


しかし。


その基地の周囲には、

公園。

学校。

家々。

人々の暮らし。


⸻


作品の隅に、

小さく題名が記されている。


『沖縄返還協定』


⸻


ニクソン。

ランパート。

バックナー。


三人が紅型を見つめている。


向かい側には、


佐藤。

屋良。

美咲。


長い沈黙。


誰も、最初の言葉を出さない。


⸻


ニクソンがゆっくり口を開く。


ニクソン

“This is the work you have been talking about.”

(これが、あなたたちが話していた作品ですか)


美咲

「はい」


「新しい紅型です」


ランパートが立ち上がる。


紅型の表面を覗き込む。


ランパート

“The landscape is beautiful.”

(美しい風景ですね)


美咲

「ありがとうございます」


ランパート

“But you put a runway there.”

(でも、そこには滑走路がありますね)


美咲

「はい」


バックナーが小さく笑う。


バックナー

“She put the park there too.”

(公園も描いたんだ)


ランパート

“I noticed.”

(気づいています)


美咲を見る。


ランパート

“You really believe they can coexist?”

(本当に、両立できると思っているんですか)


美咲は少し考える。


美咲

「……思っています」


「だから描きました」


屋良が紅型を見る。


屋良

「基地がある沖縄も」


「基地のない沖縄も」


「そのどちらかだけを描くのではなく」


「その先の沖縄を描いたんです」


佐藤

「……なるほど」


⸻


ニクソンは紅型の裏側を見る。


そこには――

文字が並んでいる。


基地。

安全保障。

主権。

住民の権利。

経済。

雇用。


そして、

未来。


ニクソン

“The back is very different.”

(裏側は、ずいぶん違いますね)


バックナー

“That’s where the difficult part is.”

(難しい部分は、そこにあります)


⸻


美咲が一歩前に出る。


美咲

「表面は、沖縄です」


「海も」


「空も」


「村も」


「人も」


「子どもたちも」


「これからの暮らしも」


そして裏面を見る。


美咲

「でも、それを守るには」


「仕組みが必要です」


佐藤

「主権」


屋良

「安全保障」


ランパート

“Military responsibility.”

(軍事上の責任)


ニクソン

“International security.”

(国際的な安全保障)


美咲

「だから」


「この裏面には」


「約束を書くんです」


⸻


バックナーが静かに紅型を見る。


そして――

三つの空白を見る。


挿絵(By みてみん)


第一の署名欄。

日本

佐藤栄作


第二の署名欄。

アメリカ

Richard Nixon


第三の署名欄。

沖縄

その下。

“沖縄県民”


⸻


屋良が息を止める。


屋良

「……これは」


美咲

「三つの約束です」


佐藤

「三つ?」


美咲

「はい」


「日本の約束」


「アメリカの約束」


「そして――」


沖縄の欄を見る。


「沖縄の約束です」


ニクソン

“What exactly are these promises?”

(具体的には、どんな約束ですか)


美咲はバックナーを見る。


バックナーが頷く。


⸻


第一の約束。


美咲が紅型の第一項目を指す。


「1972年5月15日」


佐藤

「沖縄の施政権を、日本へ返還する」


屋良

「……沖縄の復帰」


ニクソン

“The reversion will take place in 1972.”

(1972年に返還する)


バックナー

“That is the first promise.”

(それが第一の約束です)


⸻


佐藤が紅型を見る。


佐藤

「長かったな」


屋良

「……はい」


「1945年から」


一瞬。


バックナーの表情が変わる。


1945年。

沖縄。

尚造。

文。

隆司。

幼い彩花と美咲。


燃える街。

紅型。


そして――

あの「問い」。


バックナーは目を閉じる。


バックナー

「……長かった」


⸻


第二の約束。


ランパートが裏面を見る。


ランパート

“And Vietnam?”

(ベトナムは?)


ニクソン

“The United States is moving toward withdrawal.”

(アメリカは撤退に向けて進んでいます)


佐藤

「いつまでに?」


沈黙。


ニクソンが紅型を見る。


ニクソン

“By March 1973.”

(1973年3月までに)


ランパートがわずかに目を動かす。


屋良

「……ベトナムから?」


ニクソン

“Yes.”

(はい)


「American combat forces will leave Vietnam as we move toward a political settlement and an end to the war.”

(政治的解決と戦争終結に向け、アメリカ軍の戦闘部隊をベトナムから撤退させます)


バックナーは黙っている。


ランパートが彼を見る。


ランパート

“That will change the strategic situation.”

(それによって戦略的な状況は変わります)


バックナー

“It should.”

(変わるべきだ)


ニクソン

“But security cannot simply disappear.”

(しかし、安全保障そのものが消えるわけではありません)


佐藤

「だからこそ」


「第三の約束が必要になる」


⸻


第三の約束。


佐藤が紅型の最後の部分を見る。


そこには、


「2045」


とだけ書かれている。


ニクソンが眉を寄せる。


ニクソン

“2045?”

(2045年?)


美咲

「はい」


ニクソン

“That’s a long way from now.”

(ずいぶん先の話ですね)


バックナー

「だからです」


ニクソンがバックナーを見る。


バックナー

「今すぐ全部を変えられないなら」


「いつまでに変えるのかを」


「今、決めておく」


⸻


屋良

「沖縄中部から北部へ」


「基地の負担を段階的に移していく」


佐藤

「そして」


「中南部に返還された土地を」


「人々の暮らしのために使う」


ランパート

“You are talking about a long-term relocation plan.”

(長期的な基地移転計画ということですね)


佐藤

「そうです」


ニクソン

“By 2045?”

(2045年までに?)


バックナー

「はい」


⸻


ニクソンは紅型を見る。


ニクソン

“Why 2045?”

(なぜ2045年なのですか)


美咲が答える。


美咲

「100年です」


沈黙。


美咲

「1945年から100年」


「その時には」


「子どもたちが大人になって」


「その子どもたちが、また大人になっている」


「だから」


「今の大人だけで決めるんじゃなくて」


「その人たちが選べる未来を残したいんです」


屋良は紅型を見る。


佐藤も見る。

ランパートも。

ニクソンも。


ニクソン

“A hundred years…”

(100年……)


少し笑う。


“That’s a very long promise.”

(ずいぶん長い約束ですね)


バックナー

「だからこそ」


「裏面に書くんです」


⸻


三つの署名欄。


美咲が筆を置く。


佐藤を見る。

ニクソンを見る。

屋良を見る。


美咲

「でも」


「まだ、一つ足りません」


佐藤

「何が?」


美咲は第三の署名欄を見る。


⸻


沖縄。


沖縄県民。


屋良が立ち上がる。


屋良

「……私の名前を書くわけにはいきません」


美咲

「はい」


屋良

「これは」


「私一人の約束ではない」


屋良は紅型に手を置く。


屋良

「これは、沖縄県民の意思です」


「私は、その意思を預かっているだけです」


佐藤は何も言わない。


ニクソンも黙っている。


屋良

「沖縄の人々が」


「自分たちの未来を選ぶ」


「その権利を」


「ここに残してください」


美咲は静かに頷く。


⸻


バックナーが紅型を見る。


その目に――


1945年の尚造の姿が重なる。


バックナー

「……尚造」


小さく呟く。


美咲

「バックナーさん?」


バックナーは紅型を見る。


バックナー

「……お前の問い」


「ようやく」


「ここまで来たぞ」


美咲は何も言わない。


⸻


仲村工房。


遠く離れた沖縄。


白い布の前に座る文。


突然、筆を止める。


文

「……」


窓の外を見る。


風が吹く。


文

「尚造さん」


「……聞こえましたか?」


⸻


再びワシントン。


佐藤が筆を取る。


しかし――


署名欄には書かない。


佐藤

「まだ、署名する時ではない」


ニクソン

“Agreed.”

(同意します)


ランパート

“There is still work to do.”

(まだ、やるべきことがあります)


屋良

「はい」


美咲

「じゃあ」


紅型を見る。


「ここからです」


⸻


1971年6月17日。


東京。

首相官邸。


佐藤と愛知外相が、

正式な協定書を前にしている。


同じ頃。


ワシントン。

国務省。

ロジャーズ国務長官。


宇宙中継。

東京とワシントンが繋がる。


文書にそれぞれ署名を行う。


フラッシュが焚かれる。


⸻


しかし――


仲村家の紅型に書かれたものは。


正式な条約文ではない。


それは。


三つの約束。


⸻


日本。

1972年5月。

沖縄を返す。


アメリカ。

1973年3月。

ベトナム戦争から撤退する。


沖縄。

2045年。

自分たちの未来を選ぶ。


そして。


その三つを支えるもの。


暮らし。

安全保障。

主権。

未来。


⸻


夜。


仲村家。


文が工房の明かりを消す。


白い反物を見る。


文

「……少しだけ」


「色が見えてきましたね」


挿絵(By みてみん)


⸻


ワシントン。


バックナーが最後に紅型を見る。


バックナー

「……表面は、沖縄」


「裏面は、その未来」


美咲の声。


「一枚の布なら」


「全部、描けます」


バックナーが静かに笑う。


そして。

紅型の三つの署名欄。


まだ――

誰の名前も書かれていない。


⸻


1971年6月。


沖縄返還協定が署名された。


しかし。


仲村家の紅型には、

まだ一つの問いが残されていた。


「誰が、この未来を受け継ぐのか。」


紅型が、風に揺れる。


『沖縄返還協定』


その表面には、沖縄の今日。

その裏面には、沖縄の明日。


そして――

その境界には。


1945年から続いてきた、

一つの問いがあった。


⸻


「つづくものを、誰が守るのか」


⸻


(つづく)

ここまでお付き合いいただき、

ありがとうございました!


今回は新しい紅型が生まれる、

シリーズの大きな節目となりました。


……が。


次回、第60話。

美咲たちがアメリカ観光します!

いや、ほんとに観光です。


第59話で

・沖縄の未来

・基地と暮らし

・日本とアメリカ

・2045年の未来

……と、かなり重たい話をしてしまったので。


ここらで一回、休みましょう。

作者も読者も(笑)


なお、本人たちはたぶん観光のつもりでも、

同行者が同行者なので、

普通の観光になる保証はありません。


次回は少し肩の力を抜いてお楽しみください!

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