第五十八話 同じ絵を描く
一枚の新作紅型が、
東京とワシントンを繋いだ。
けれど、その裏面はまだ白い。
何を残すのか。
何を返すのか。
何を守るのか。
政治家たちが答えを探す中、
美咲とバックナーは、
1967年のある日のことを思い出す。
海と森。
基地と村。
そして、そこで暮らす子どもたち。
「公園できるといいな」
その何気ない一言が、
六者会談の行方を変えていく。
1971年。春。
東京。
首相官邸。
静かな応接室。
机の上には、一枚の紅型。
その周囲に――
佐藤。
屋良。
美咲。
三人が座っている。
電話の向こうには、
ニクソン。
ランパート。
バックナー。
六人が繋がっている。
⸻
佐藤
「では……続けましょう」
電話の向こう。
ニクソンが静かに答える。
ニクソン
「We need a solution that protects the security of the region.」
(我々には、地域の安全保障を守る解決策が必要です)
ランパート
「And we also need to consider the people living around the bases.」
(同時に、基地の周辺で暮らす人々のことも考えなければなりません)
屋良
「その二つを、どう両立させるかです」
佐藤
「日本としては、主権の回復が大前提です」
ニクソン
「I understand that.」
(それは理解しています)
屋良
「しかし」
「沖縄の人々にとっては、主権だけではありません」
「基地の負担も」
「事故や事件への不安も」
「返還後の生活もあります」
電話の向こう。
しばらく沈黙。
⸻
美咲は机の上の紅型を見る。
海。
島。
花。
基地。
日章旗。
星条旗。
そして――
未完成の署名欄。
⸻
バックナー
「The problem is that everyone is looking at the same island from a different direction.」
(問題は、みんな同じ島を見ているのに、それぞれ違う方向から見ていることだ)
美咲
「……同じ島を」
バックナー
「Yes.」
(そうだ)
「Japan sees sovereignty.」
(日本は主権を見る)
「America sees security.」
(アメリカは安全保障を見る)
「And Okinawa sees daily life.」
(そして沖縄は、日々の暮らしを見る)
美咲は黙って聞く。
⸻
佐藤
「では、どうすればいい?」
ニクソン
「That is precisely the question.」
(まさに、それが問題なのです)
屋良
「……」
ランパート
「We cannot simply remove every base.」
(すべての基地を単純になくすことはできません)
屋良
「分かっています」
ランパート
「And we cannot simply leave everything as it is.」
(だからといって、すべてを今のまま残すこともできません)
屋良
「それも、分かっています」
沈黙。
⸻
美咲は紅型に目を落とす。
美咲
「……」
何かを考えている。
⸻
佐藤
「沖縄の未来を考えるなら」
「安全保障と暮らしの両方を考えなければならない」
屋良
「しかし、両方を満たす方法が――」
言葉が止まる。
ニクソン
「We seem to be going in circles.」
(我々は堂々巡りをしているようですね)
ランパート
「Unfortunately, yes.」
(残念ながら、その通りです)
美咲は、紅型から顔を上げる。
⸻
美咲
「……あ」
全員が止まる。
屋良
「どうしました?」
美咲
「いえ……」
「ちょっと昔のことを思い出しました」
バックナー
「……昔?」
美咲
「はい」
「1967年のことです」
バックナーの声が少し変わる。
バックナー
「1967年?」
美咲
「覚えてますか?」
少し間。
バックナー
「覚えている」
美咲
「……あの場所」
バックナー
「あのマングローブの森か?」
美咲
「はい」
⸻
回想。
1967年。
沖縄北部。
マングローブの森。
湿った土。
水の音。
鳥の声。
村男Eが泥だらけになりながら、
苗木を植えている。
隆司がその隣で土を掘る。
美咲と彩花も手伝っている。
バックナーは――
なぜか軍手を二重にしている。
彩花
「おとう、それ意味ある?」
バックナー
「泥が入らん」
彩花
「二枚も?」
バックナー
「軍人は備えが大事だ」
隆司
「もう軍人じゃないでしょう」
バックナー
「……そうだったな」
美咲が笑う。
⸻
村男E
「この辺りも、いつか変わるんかねぇ」
美咲
「どうなるんでしょう?」
村男E
「さあなぁ」
苗木を植える。
「でも、木は植えとけば大きくなる」
バックナー
「人間と同じだな」
隆司
「バックナーさんが言うと妙に説得力がありますね」
⸻
しばらくして。
五人は森を抜ける。
目の前に――
海。
青い空。
遠くに米軍のキャンプ。
岬。
白い砂浜。
潮風が吹く。
彩花
「わぁ……」
美咲も立ち止まる。
美咲
「……きれい」
バックナー
「風が強いな」
隆司
「海が近いですからね」
彩花は弁当を広げる。
彩花
「お昼にしよう!」
美咲
「賛成!」
村男E
「飯だー!」
五人が腰を下ろす。
⸻
美咲は海を眺める。
美咲
「……ここ」
バックナー
「ん?」
美咲
「公園できるといいな」
バックナー
「公園?」
美咲
「うん」
「子どもたちが遊べる公園」
彩花
「いいねー」
バックナーは岬を見る。
しばらく考える。
そして――
バックナー
「いや」
「滑走路だな」
美咲
「…………」
彩花
「また始まった」
隆司
「バックナーさん」
「今、軍事施設の話をするところじゃないですよ」
バックナー
「地形を見ると分かる」
「海に面していて」
「周辺に障害物が少ない」
「滑走路には向いている」
美咲
「公園の方がいいです」
バックナー
「軍事的には滑走路だ」
美咲
「私は公園がいいです」
バックナー
「俺は滑走路だ」
彩花(爆笑)
「二人とも子どもみたい」
⸻
村男Eが岬を見る。
村男E
「でもよ」
「海を埋め立てるなんて、できるのかね?」
隆司
「技術的には……」
遠くを見る。
「本土では新幹線も走ってる」
「大きなダムも作ってる」
「トンネルだって掘ってる」
村男E
「海を埋めるのも?」
隆司
「……できるでしょう」
「ただし」
村男E
「ただし?」
隆司
「金も時間も、ものすごくかかります」
バックナー
「軍事施設なら、なおさらだ」
美咲は黙って海を見る。
⸻
しばらくして。
美咲
「……じゃあ」
彩花
「ん?」
美咲
「両方にしたら?」
全員が美咲を見る。
バックナー
「……何?」
美咲
「公園も」
「滑走路も」
バックナー
「同じ場所に?」
美咲
「うん」
隆司
「美咲」
美咲
「だって」
岬を見る。
「どっちか一つにする必要、ないんじゃない?」
⸻
美咲は持っていた小さな布を広げる。
筆を取り出す。
彩花
「え?」
美咲は描き始める。
海。
空。
岬。
滑走路。
その周囲に緑。
公園。
木々。
そして――
子どもたち。
⸻
彩花
「……美咲」
美咲
「なに?」
彩花(苦笑)
「ぶっ飛んでるねー」
美咲
「そう?」
隆司は布を見る。
隆司
「……でも」
「面白いな」
バックナーも見る。
しばらく黙る。
バックナー
「……安全な場所を作り」
「人が暮らせる場所も作る」
美咲
「うん」
バックナー
「簡単じゃないぞ」
美咲
「分かってます」
少し笑う。
「でも、できないって決めるのは早いでしょ?」
バックナーは何も言わない。
風が吹く。
美咲の布が揺れる。
描かれた未来の風景。
その向こうに――
現在の米軍キャンプ。
⸻
現在。
1971年。
東京。
首相官邸。
美咲が目を開ける。
美咲
「……そうだ」
屋良
「?」
佐藤
「どうした?」
美咲は紅型を見る。
美咲
「私たち」
「ずっと、どちらかを選ぼうとしてませんか?」
沈黙。
⸻
電話の向こう。
バックナーが静かに答える。
バックナー
「Yes.」
(そうだな)
美咲
「基地か、暮らしか」
「日本か、アメリカか」
「安全保障か、生活か」
屋良
「……」
美咲
「でも」
「一枚の紅型なら」
紅型を見る。
「全部、同じ布に描けます」
佐藤が紅型を見る。
屋良も見る。
電話の向こう。
ニクソンも黙っている。
⸻
ニクソン
「You are suggesting that the answer is not choosing one side.」
(あなたは、一方を選ぶことが答えではないと言っているのですね)
美咲
「はい」
ニクソン
「But how?」
(しかし、どうやって?)
美咲
「それを考えるのが」
「政治なんじゃないですか?」
一瞬。
誰も言葉を発しない。
ランパート
「That sounds simple.」
(簡単な話に聞こえます)
美咲
「はい」
「でも」
「実際には、すごく難しいと思います」
ランパート
「Very.」
(その通りです)
美咲
「だから」
「簡単な答えを書かないんです」
バックナーが小さく笑う。
バックナー
「That’s what Fumi told us.」
(文さんが言っていたことだな)
美咲
「……うん」
⸻
屋良が紅型の裏面を見る。
まだ白い。
屋良
「表面には」
「沖縄の暮らしがある」
佐藤
「裏面には」
「それを支える仕組みが必要だ」
美咲
「はい」
ニクソン
「Security cannot exist without stability.」
(安定なくして、安全保障は成り立たない)
ランパート
「And stability cannot exist if people feel they have no future.」
(そして、人々が自分たちの未来を持てないと感じれば、安定も成り立ちません)
屋良
「……」
佐藤
「……なるほど」
バックナー
「Maybe that’s the missing piece.」
(もしかすると、それが足りなかったのかもしれません)
美咲
「何ですか?」
バックナー
「We kept asking what we should give up.」
(我々はずっと、何を諦めるべきかを考えていた)
「But perhaps we should ask what we can build.」
(でも、本当は何を作れるのかを考えるべきなのかもしれない)
美咲は微笑む。
⸻
夜。
沖縄。
仲村家の工房。
文が一人、白い反物の前にいる。
表面には――
海。
空。
村。
人々。
まだ途中の絵。
文は筆を置く。
布を裏返す。
真っ白。
文
「……」
少しだけ笑う。
⸻
東京。
美咲は紅型を見ている。
屋良と佐藤も、その横にいる。
⸻
ワシントン。
ニクソン。
ランパート。
バックナー。
三人が電話越しに沈黙している。
⸻
バックナー
「美咲」
美咲
「はい?」
バックナー
「あの日、お前が描いたものを覚えているか?」
美咲
「はい」
バックナー
「なら、もう一度描く時なのかもしれない」
美咲は紅型を見る。
⸻
その時。
美咲の視線が止まる。
紅型の一角。
未完成の署名欄。
美咲
「……署名」
屋良
「?」
美咲
「この紅型」
「最後に、誰が何を書くのか」
佐藤が黙る。
美咲
「まだ、決まってないんですね」
屋良
「……そうですね」
佐藤
「これから決める」
美咲は筆を手に取る。
しかし――
署名欄には触れない。
⸻
1971年。初夏。
東京。
ワシントン。
沖縄。
それぞれの場所で、
一つの考えが動き始めていた。
“どちらかを選ぶ”のではなく。
“両方を成立させる未来を、どう作るか”。
それはまだ。
政治家たちにも。
軍人にも。
沖縄の人々にも。
答えの見えない問いだった。
けれど――
一枚の布には。
その未来を描く余白が残されていた。
⸻
文が工房で筆を持つ。
美咲も筆を持つ。
バックナーは、電話の向こうで紅型を思い出す。
⸻
そして。
“新しい紅型の完成”まで――
あと数か月。
⸻
(つづく)




