第五十二話 送り出す者
紅型を集める。
その決意を胸に、
美咲たちは沖縄の離島へ向かった。
けれど。
その旅を見つめている者は少なくない。
CIAも。
公安も。
そして――KGBも。
美咲たちは知らない。
自分たちが乗った船が出たあと、
村で誰が時間を稼いでいたのかを。
未来へ進む者がいれば、
その背中を守る者もいる。
朝。
仲村工房。
門の前。
昨日まで、
この家に集まっていた人々の姿はない。
美咲、彩花、隆司、健一。
紅型を追う者たちは、
すでに旅支度を終えていた。
彩花が、両手を腰に当てて叫ぶ。
「よし!」
「家事担当・彩花、同行します!」
健一が慌てる。
「え!?」
「彩花さんも!?」
「当たり前でしょ!」
「誰がご飯作るのよ!」
隆司が、ぼそり。
「……助かる」
美咲が、微笑む。
「じゃあ――」
その時。
バックナーが姿を現した。
腕を組み、四人を見渡す。
そして、
娘へ向かって静かに言う。
「彩花」
「皆の胃袋を頼んだぞ」
彩花は、
少し照れくさそうに笑う。
「任せて」
一拍置いて、
今度は父を真っすぐ見つめた。
「おとうこそ」
「文さんと工房のみんなを守ってね」
バックナーは静かに頷く。
「ああ」
それだけだった。
だが、
その一言だけで十分だった。
美咲が微笑み、
健一も頭を下げる。
隆司も静かに一礼した。
そして四人は、
もう一度顔を見合わせる。
美咲
「――行きましょう」
四人は歩き出した。
その背中を、文とバックナーは見送る。
文
「……大きくなりましたね」
バックナー
「ああ」
文
「昔は、あんなに小さかったのに」
バックナー
「子供は、気づいたら大人になる」
文
「そうですね」
美咲たちの姿が角を曲がり、見えなくなる。
バックナーは、しばらくその方向を見ていた。
そして――
ゆっくりと振り返る。
その顔から、
村のおじぃの柔らかな表情が消えた。
⸻
場所は村の外れ。
古い倉庫。
そこには、一人の男が立っていた。
CIA
「……行かせましたね」
バックナー
「ああ」
CIA
「なぜ邪魔をする?」
バックナーは答えない。
CIA
「あなたも見たでしょう」
「あの紅型が何を意味するのか」
バックナー
「……」
CIA
「もし本当に」
「未完成の条約が隠されているなら――」
「アメリカにとって不利な内容になる可能性もある」
バックナー
「そうだな」
CIA
「それでも?」
バックナー
「それでもだ」
CIAは眉をひそめる。
CIA
「あなたはアメリカ軍人だった」
バックナー
「元、だ」
CIA
「アメリカの利益を守る立場だったはずです」
バックナー
「……そうだ」
CIA
「ならば、なぜ?」
バックナーは、静かに答える。
バックナー
「……罪滅ぼしだ」
CIA
「……何?」
バックナー
「あの子たちを、傷つけてしまった」
CIA
「あなたが?」
バックナー
「俺だけじゃない」
「国も、軍も、政治も……」
少しだけ目を伏せる。
バックナー
「大人が決めたことの後始末を」
「島の子供たちに押しつけてきた」
CIA
「……」
バックナー
「だからせめて――」
バックナー
「あの子たちには」
「自分たちの未来を選ばせてやりたい」
CIAは黙る。
バックナー
「紅型が何を語るのか」
「それを決めるのは、俺たちじゃない」
CIA
「……もし、あなたが間違っていたら?」
バックナー
「その時は、その時だ」
CIA
「ずいぶん無責任ですね」
バックナー
「年寄りだからな」
CIA
「……」
バックナー
「若い奴らに、少しくらい任せてもいいだろう」
CIAはしばらくバックナーを見る。
そして、資料を閉じる。
CIA
「……あなたは変わりましたね」
バックナー
「そうか?」
CIA
「昔なら、そんなことは言わなかった」
バックナー
「歳を取ったんだよ」
CIA
「それだけですか?」
バックナー
「……畑仕事を覚えた」
CIA
「関係あります?」
バックナー
「ある」
CIA
「……?」
バックナー
「野菜は、引っ張っても育たん」
CIA
「……」
バックナー
「待つしかない」
CIAは呆れたように息を吐く。
CIA
「あなたらしい」
バックナー
「褒め言葉として受け取っておこう」
⸻
CIAが立ち去った直後。
今度は別の男が現れる。
公安関係者だった。
公安
「……バックナーさん」
バックナー
「今度は日本か」
公安
「少しお話を」
バックナー
「どうぞ」
公安
「先ほどの若者たちですが」
バックナー
「ああ」
公安
「どこへ向かったか、ご存じですね?」
バックナー
「知らん」
公安
「……」
バックナー
「知らんと言った」
公安
「あなたが見送ったでしょう」
バックナー
「見送っただけだ」
公安
「船の手配は?」
バックナー
「知らん」
公安
「行き先は?」
バックナー
「知らん」
公安
「では――」
公安が一歩近づく。
公安
「あなたは一体、何者なんです?」
バックナー
「村のおじぃだ」
公安
「……」
バックナー
「何か問題でも?」
公安
「アメリカ人ですよね?」
バックナー
「そうだ」
公安
「元高等弁務官ですよね?」
バックナー
「昔の話だ」
公安
「アメリカ軍にもいた」
バックナー
「いた」
公安
「なのに沖縄の村に住んでいる」
バックナー
「ああ」
公安
「日本政府の捜査を妨害する」
バックナー
「そうか?」
公安
「……」
バックナー
「俺は畑仕事をしているだけだ」
公安
「そんな元高等弁務官がいますか!」
バックナー
「ここにいる」
公安
「……」
バックナー
「さんぴん茶、飲むか?」
公安
「いりません!」
バックナー
「そうか」
公安は頭を抱える。
公安
「……アメリカ人なのか」
「……沖縄の人なのか」
バックナー
「全部でいいだろ」
公安
「そんな分類ありませんよ!」
バックナー
「じゃあ、作ればいい」
公安
「……」
完全に調子を崩される公安。
その頃――
遠く離れた港。
美咲たちを乗せた船が、
ゆっくりと岸を離れていた。
⸻
港。
CIAと公安の車が到着する。
「……!」
しかし――
そこに船はない。
「もう出たのか……!」
「間に合いません!」
「……くそっ!」
海の向こう。
船は小さくなっていく。
⸻
夕方。
仲村家。
文が縁側でお茶を飲んでいる。
その隣にバックナー。
文
「……行きましたね」
バックナー
「ああ」
文
「ちゃんと見送れました?」
バックナー
「見送った」
文
「追いかけてくる人たちは?」
バックナー
「時間を稼いだ」
文
「まあ」
文が微笑む。
文
「昔より、ずいぶん器用になりましたね」
バックナー
「そうか?」
文
「ええ」
バックナー
「……昔は不器用だったからな」
文
「そうですね」
二人でお茶を飲む。
すると――
茂みから物音。
ガサッ。
バックナー
「……」
文
「……」
もう一度。
ガサッ。
バックナー
「出てこい」
沈黙。
バックナー
「いるんだろ」
すると――
ひょこ。
イワンが顔を出す。
イワン
「……Привет」
バックナー
「……」
さらに、その後ろからイワンの部下。
部下
「……こんばんは」
バックナー
「まだいたのか」
イワン
「観光です」
部下
「観光です」
バックナー
「嘘つけ」
イワン
「……」
部下
「……」
文が二人を見る。
そして、にっこり。
文
「お茶、飲みます?」
イワン
「……!」
部下
「……!」
二人は顔を見合わせる。
イワン
「……いただきます」
部下
「いただきます」
バックナー
「お前ら……」
文
「ちんすこうもありますよ」
イワン
「ありがとうございます!」
バックナー
「……」
文
「どうしました?」
バックナー
「いや」
バックナーは呆れながら笑う。
バックナー
「平和だなと思ってな」
イワン
「……平和、いいですね」
部下
「はい」
文
「そうですねぇ」
縁側に、夕陽が差し込む。
⸻
海。
船は沖縄から遠ざかっていく。
美咲は風に髪をなびかせながら、
手元の風呂敷を見る。
その中には――
紅型。
美咲
「……行こう」
隆司
「ああ」
彩花
「うん!」
健一
「はい!」
船は進む。
その背後で――
沖縄の島影が、少しずつ小さくなる。
守る者がいた。
送り出す者がいた。
そして今――
答えを探す者たちが、旅に出た。
⸻
(つづく)




