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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第五部 バックナー編 ― 平和へ結ぶ縁 ―
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第五十一話 私の代で、向き合う

1970年。冬。

 

健一はまだ知らなかった。


自分を泊めてくれた、

かりゆしシャツの“村のおじぃ”が――


かつて沖縄戦を指揮し、戦後沖縄を統治し、

そして今もなお、

仲村家を守っている男だということを。


そして。

仲村家の掛け軸を狙っているのが、

一人ではないことも。


静かな村で、

もう一度、歴史が動き始める。

1970年。

冬。


仲村家。

夜。


お茶の間には、

いつもより多くの人が集まっていた。


美咲。

彩花。

文。

隆司。

バックナー。

バックナーの息子。


そして。


東京から来た健一。


全員の視線が、

床の間へ向いている。


そこには――

一枚の掛け軸。


沖縄本島を描いた紅型。


健一は、もう一度それを見つめた。


「……これが」


「尚造さんの紅型」


美咲が頷く。


「はい」


挿絵(By みてみん)


⸻


健一は、

ゆっくり口を開いた。


「先日、僕が見たものを」


「もう一度、整理させてください」


全員が静かに聞いている。


「この紅型は」


「普通の美術作品ではありません」


「戦後日本と沖縄の政治に関わる資料です」


美咲は頷く。


健一は続けた。


「そして」


「東京でも、すでに動きがあります」


「佐藤首相が沖縄返還を進めている」


「その一方で」


「この紅型を探している人間もいる」


隆司が静かに口を開いた。


「だから、あの連中が来た」


健一は頷く。


「はい」


「博物館への侵入も」


「仲村家への侵入も」


「偶然ではありません」


部屋が静まり返った。


⸻


彩花が、

少し不安そうに掛け軸を見る。


「……おとう」


「これをずっと守ってたんだね」


文は静かに頷く。


「そうね」


隆司も掛け軸を見る。


「尚造さんは」


「戦争を終わらせるために作った」


⸻


その時。


バックナーが口を開いた。


「一つ」


全員が振り向く。


「俺から補足しておこう」


バックナーは掛け軸を見る。


「俺は」


「紅型の全貌を見たことはない」


健一が少し驚く。


「……全部は知らないんですか?」


「ああ」


「だが」


バックナーは少し間を置いた。


「尚造が何を考えていたのか」


「それなら、ある程度は分かる」


⸻


バックナーは、指を立てた。


挿絵(By みてみん)


「一、沖縄の基地」


「二、日本の主権」


「三、アメリカの安全保障」


そして最後に。


「沖縄の人間が」


「自分たちの未来を決められるのか」


健一は息を呑む。


「……」


バックナーは掛け軸を見つめる。


「たぶん」


「尚造が残したかったのは」


「その“問い”だ」


⸻


しばらく沈黙。


その時。


バックナーの息子が、ぽつりと言った。


「……だから?」


バックナーが振り向く。


息子は少し困ったような顔をしている。


「だから父さん」


「外国人住宅街じゃなくて」


「ずっと、この村に住んでたの?」


バックナーは、少しだけ笑った。


「ああ」


「理由があった」


息子は尋ねる。


「どんな?」


バックナーは湯呑みを置く。


そして。


何でもないことのように言った。


「三途の川で」


「尚造から頼まれたからな」


挿絵(By みてみん)


――沈黙。


健一の顔が固まる。


「…………」


彩花は慣れた様子でお茶を飲む。


文は目を閉じる。

隆司は黙っている。


健一だけが、

恐る恐る口を開いた。


「……今」


「ものすごく物騒なこと言いませんでした?」


バックナーは首を傾げる。


「そうか?」


文が即座に言った。


「バックナーさん」


「そこまでです」


「……すまん」


健一は心の中で呟く。


(この人……)


(退役軍人かな……?)


⸻


彩花が笑い出す。


「おとう」


「昔からそういうところあるよね」


バックナーの息子も苦笑する。


「やっと分かったよ」


「父さんがここにいる理由」


バックナーは、何も答えなかった。


ただ。


床の間の掛け軸を見つめていた。


⸻


その時。


美咲が立ち上がった。


全員が振り向く。


美咲は、

掛け軸の前へ歩いていく。


しばらく黙って見つめる。


そして。


「私」


静かな声だった。


「この紅型を集めます」


挿絵(By みてみん)


文が顔を上げる。


隆司も美咲を見る。


彩花は静かに笑った。


美咲は続ける。


「父が作ったもの」


「祖父が分けたもの」


「母が守ってきたもの」


「離島の友人たちが守ってきたもの」


そして。


バックナーを見る。


「バックナーさんが守ってきたもの」


一つ一つ。


言葉を選ぶように。


「それを」


「全部」


「私の代で向き合います」


⸻


文は、何も言わなかった。


ただ。

少しだけ目を潤ませた。


隆司が頷く。


「分かった」


彩花も笑う。


「私も手伝うよ」


美咲は親友を見る。


「ありがとう」


⸻


バックナーは、

ゆっくり立ち上がった。


掛け軸の前へ歩く。

その横に立つ美咲を見る。


そして。

小さく笑った。


「……尚造」


誰も口を挟まない。


バックナーは、

掛け軸を見つめたまま呟く。


「聞いたか?」


「娘は」


「強くなったぞ」


その瞬間。


窓から風が入った。


掛け軸が、ゆっくりと揺れる。


美咲は、その布を見つめる。


もう。

父親の背中を追いかけるだけではない。


自分自身の足で。

未来へ歩き始めていた。


⸻


健一は、

その光景を静かに見つめていた。


そして。


小さく笑う。


(なるほど)


(僕が探していたのは)


(ただの紅型じゃなかったんだ)


美咲が振り返る。


「健一さん」


「はい」


「東京にも」


「まだ探しているものがありますよね?」


健一は頷いた。


「……あります」


美咲は笑った。


「じゃあ」


「一緒に探しましょう」


健一も笑った。


「はい」


⸻


夜。


仲村家の外。


星空。


バックナーは、

縁側に座っていた。


隣には文。


挿絵(By みてみん)


バックナーは空を見上げる。


「……長かったな」


文も空を見る。


「……長かったですね」


バックナーは、しばらく黙っていた。


そして。

小さく笑う。


「ああ」


それだけだった。


隣では、美咲たちの話し声が聞こえている。


これから始まる旅の話。


誰がどこへ行くのか。

何を探すのか。

何を守るのか。


今度は――


若い者たちが、

自分たちの答えを探す番だった。


⸻


(つづく)

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