第四十七話 それぞれの持ち場
嘉手納基地で起きたB-52墜落事故は、
沖縄の人々に大きな衝撃を与えた。
一方その頃。
沖縄返還へ向けた動きは少しずつ加速していた。
ベトナムで戦う者。
沖縄を守る者。
東京で未来を動かそうとする者。
それぞれの「持ち場」で、
新たな一日が始まる。
1969年。
嘉手納飛行場。
朝。
輸送機のエンジン音が絶え間なく響いている。
兵士たちは木箱を運び、
次々と機体へ積み込んでいた。
「急げ!」
「次の便が来るぞ!」
ジャックは現場を見渡しながら声を張る。
「積み忘れはないな!」
「確認しろ!」
「Sir!」
若い兵士が慌ただしく駆け回る。
作業の合間。
一人の新人兵が、
空へ飛び立つ輸送機を見つめて呟いた。
「……自分も」
「いつかベトナムへ行くんでしょうか」
周囲が少し静かになる。
ジャックは帽子を被り直し、
新人兵の肩を軽く叩いた。
「考えるのは」
「帰ってきてからでいい」
「まずは今日の仕事だ」
新人兵は姿勢を正す。
「……はい!」
再び荷物を抱えて走り出した。
ジャックはその背中を見送りながら、
胸の内で小さく呟く。
(ジョン……)
(無事でいろよ)
輸送機は轟音とともに
南へ飛び立っていった。
⸻
嘉手納。
ジョン雑貨店。
店内にはコーヒーの香りが漂っている。
バックナーは椅子へ腰掛け、
ゆっくりとカップを持ち上げた。
ジョンは封筒を丁寧に開く。
「息子からです」
バックナーは静かに頷いた。
「元気か」
ジョンは微笑みながら読み始める。
|父さんへ。
|暑いです。
|虫が多いです。
バックナーが笑う。
「らしいな」
ジョンも苦笑した。
|でも飯はちゃんと食べています。
|心配しないでください。
読み終えたジョンは、
そっと手紙を畳んだ。
「心配するなと言われるほど」
「心配になりますね」
バックナーはコーヒーを一口飲む。
「親というものだ」
しばらく沈黙が流れる。
店のラジオから、
遠くベトナム情勢を伝えるニュースが流れていた。
⸻
カラン。
店の扉が開く。
「こんにちは!」
イワンだった。
後ろには部下もいる。
バックナーは顔を上げる。
「……また来たのか」
イワンは満面の笑みを浮かべた。
「観光です!」
バックナーは即答する。
「嘘つけ」
部下が申し訳なさそうに頭を下げる。
「出張です」
ジョンが笑う。
「クレムリンは」
「人遣いが荒いですねぇ」
イワンは深く頷いた。
「ですね」
三人は思わず笑った。
ジョンは棚からちんすこうを取り出す。
「今日のお土産です」
イワンは嬉しそうに受け取った。
「これはモスクワでも人気ですよ」
バックナーがぼそり。
「KGBは菓子ばかり買って帰るな」
「平和になった証拠です」
イワンは笑った。
⸻
仲村工房。
午後。
縁側。
屋良は机いっぱいの書類を前に、
深くため息をついた。
「……終わりません」
美咲が顔を覗き込む。
「屋良先生」
「縦しわできてますよ」
屋良は思わず額へ手を当てる。
「本当ですか」
彩花が元気よく立ち上がる。
「そんな時は!」
「彩花特製・黒糖饅頭!」
皿を差し出した。
文もさんぴん茶を注ぐ。
「おかわりです」
屋良は湯呑みを受け取り、
ほっと息をつく。
「皆さん」
「ありがとうございます」
黒糖饅頭を一口。
思わず笑みがこぼれた。
「……甘い」
美咲が笑う。
「効きました?」
「効きました」
縁側に笑い声が広がった。
少しして。
屋良は表情を引き締める。
「ですが」
「沖縄返還に向けた仕事は」
「これからが本番です」
少し間。
「本土の情報が」
「もう少し欲しいところですね」
その時。
門の外から声がした。
「入るぞ」
隆司だった。
手には一通の封筒。
屋良が立ち上がる。
「隆司さん」
隆司は封筒を差し出した。
「東京にいる知り合いからだ」
「官邸周辺の話らしい」
屋良の表情が変わる。
「ぜひ聞かせてください」
美咲が感心する。
「さすが隆司さん」
彩花が首を傾げる。
「知り合いってスパイ?」
隆司は即答した。
「学芸員だ」
一瞬の沈黙。
美咲が吹き出す。
「絶対それだけじゃないですよね」
文も思わず笑う。
屋良も苦笑した。
「詳しく聞かせていただきましょう」
隆司は封筒を静かに開いた。
夕暮れの風が、
工房の紅型を優しく揺らす。
その手紙は。
沖縄と東京を結ぶ、
新たな物語の始まりだった。
⸻
(つづく)




