第四十二話 美咲、工房を継ぐ
1965年。
戦後から二十年。
戦争を知る世代から、その後を生きる世代へ。
仲村工房でも、大きな世代交代の時が訪れます。
美咲、彩花、隆司、そしてジャック。
それぞれが自分の進む道を選び始めます。
1965年。
春。
仲村工房。
朝日が工房へ差し込む。
色鮮やかな紅型が、
静かに風へ揺れていた。
文は一枚の布を畳み、
ゆっくりと棚へ戻す。
美咲は完成した作品を見つめていた。
「……できました」
文は優しく頷く。
「ええ」
「綺麗ですよ」
美咲は少し照れ笑いを浮かべた。
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工房。
彩花が帳簿を閉じる。
「学校も今日で終わりだね」
「卒業か」
バックナーがお茶を飲みながら微笑む。
隆司も頷いた。
「時間が経つのは早いですね」
美咲は工房を見回す。
幼い頃から見てきた景色。
染料の香り。
木の机。
祖父母の代から続く道具。
その全てが、
今日から自分の仕事になる。
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昼。
仲村家。
文が家族を集めた。
縁側。
全員が座る。
文は静かに頭を下げた。
「皆さん」
「今日、お話があります」
少し間。
「私」
「工房を引退します」
静かな空気が流れた。
美咲は驚く。
「お母さん……」
文は微笑んだ。
「もう十分働きました」
「これからは」
「美咲に任せます」
美咲は何も言えなかった。
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文は工房の鍵を取り出した。
長年使い続けた鍵。
少し色褪せている。
両手で包み込み、
美咲へ差し出した。
「お願いします」
美咲は震える手で受け取る。
「……はい」
その瞬間だった。
文が深く頭を下げた。
「工房を」
「よろしくお願いします」
娘へ。
職人へ。
初めてのお願いだった。
美咲は涙をこらえながら、
深く頭を下げ返した。
「任せてください」
静かだった工房へ、拍手が響いた。
彩花だった。
「おめでとう」
隆司も笑う。
「立派な親方ですね」
ジョンも大きく拍手した。
「Congratulations!」
バックナーは何も言わない。
静かに立ち上がる。
美咲の前まで歩く。
そして、
右手を差し出した。
「初代から数えれば」
「何代目になる?」
美咲は笑った。
「三代目です」
「そうか」
バックナーも笑う。
「なら」
「これからも数え続けよう」
二人は固く握手を交わした。
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午後。
工房。
文は初めて、
作業台へ座らなかった。
代わりに、
縁側から工房を眺めている。
美咲が職人たちへ声を掛ける。
「この色はこちらへ」
「乾燥は午後から」
「お願いします」
職人たちが動き始める。
少しぎこちない。
それでも、
皆が美咲の指示へ従っていた。
彩花は接客。
隆司は材料運び。
工房はいつも通り動き続ける。
文は静かに笑った。
「もう」
「私がいなくても大丈夫ですね」
バックナーが隣へ座る。
「少し寂しいか」
文は空を見上げた。
「少しだけ」
「でも、嬉しいですよ」
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夕方。
嘉手納基地。
ジャックとジョンの息子が、
新品の制服へ袖を通す。
鏡の前。
バックナーとジョンが後ろから声を掛ける。
バックナー
「緊張しているか」
ジャック
「少しだけ」
ジョン2世
「父さんみたいになれるかな」
バックナーとジョンは首を横へ振る。
ジョン1世
「なる必要はない」
バックナー
「自分の軍人になれ」
ジャックたちは力強く敬礼した。
「Sir!」
バックナーとジョンも敬礼を返す。
父から息子へ。
軍人のバトンが渡った。
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夕暮れ。
仲村工房。
仕事を終えた美咲が、
工房の戸を閉める。
今日から、
最後に鍵を掛けるのは自分だった。
カチャリ。
小さな音が響く。
振り返ると、文が立っていた。
「お疲れさま」
美咲は少し照れながら笑う。
「ただいま」
文も笑った。
「ええ」
「おかえりなさい」
工房は、
今日も静かに一日を終えた。
縁側には、
夕日に照らされた紅型が揺れている。
その色は、変わらない。
けれど。
受け継ぐ人だけが変わっていくのだった。
⸻
(つづく)




