第四十一話 KGB、本当に観光客になる
1964年。
日本では東京オリンピックが開催され、
高度経済成長が続いていた。
一方、アメリカ統治下の沖縄でも観光客が増え始め、
島の雰囲気は少しずつ変わっていく。
今回は、
そんな時代の工房へ
”あの観光客”が再びやって来る。
1964年。秋。
仲村工房。
朝。
縁側。
文がお茶を淹れている。
美咲は学校へ行く準備。
彩花は新作紅型を干していた。
バックナーは畑から戻り、
大根を抱えて歩いてくる。
「今年も出来がいい」
「お疲れさまです」
のどかな朝だった。
その時だった。
門の外から聞き慣れた声。
「Привет!」
(こんにちは!)
全員が固まる。
門の向こう。
アロハシャツ。
麦わら帽子。
首からカメラ。
満面の笑み。
イワンだった。
「また来ました!」
バックナーが眉をひそめる。
「……何の用だ」
隆司も腕を組む。
「今回は誰の命令だ」
イワンは胸を張る。
「観光です!」
沈黙。
文だけが微笑む。
「いらっしゃいませ」
⸻
工房。
文がお茶を出す。
イワンは嬉しそうに紅型を見る。
「綺麗ですねぇ……」
美咲が首を傾げる。
美咲
「本当に観光ですか?」
イワン
「本当です」
彩花
「仕事は?」
イワン
「有給休暇です」
バックナー
「KGBに有給はあるのか?」
イワン
「あります」
隆司
「嘘くさい」
イワン
「本当です」
文が笑う。
「皆さん疑いすぎですよ」
⸻
那覇観光。
イワン
「首里城は?」
美咲
「こっちです」
イワン
「市場は?」
彩花
「こっちです」
イワン
「ソーキそば!」
美咲&彩花
「「こっちです!」」
隆司
「普通に案内してる」
バックナー
「敵国の諜報員だぞ」
文
「今日は観光客です」
隆司&バックナー
「「そうだった」」
⸻
国際通り。
東京オリンピックの旗。
観光客で賑わう。
イワンは写真を撮る。
「平和ですね」
バックナーも周囲を見る。
「そうだな」
二人とも少し黙る。
1945年。
焼け野原だった街。
今は笑顔で溢れている。
イワン
「この景色なら」
「写真を撮る価値があります」
バックナー
「仕事では撮れなかった景色だ」
静かな時間が流れる。
⸻
昼食。
食堂。
イワン
「ラフテーください!」
店員
「はいよー!」
隆司
「普通に注文してる……」
バックナー
「慣れすぎだ」
美咲
「お箸も上手ですね」
イワン
「二年前に練習しました」
隆司
「努力の方向がおかしい」
⸻
露店。
雑貨店。
ジョン
「いらっしゃいませ!」
イワン
「また来ました」
ジョン
「また来た!」
イワン
「お土産ください」
ジョン
「観光客なんですね」
イワン
「だから言いました」
ジョン
「信じられません」
イワンが見回す。
ZIPPO。
飛行機模型。
コカ・コーラの看板。
「いい店ですね」
ジョン
「でしょう?」
「全部趣味です」
イワン
「知ってます」
⸻
帰り道。
港。
船の時間。
イワンが荷物を持つ。
紙袋いっぱいのお土産。
美咲
「買いすぎじゃ……」
イワン
「職場で配ります」
隆司
「職場?」
イワン
「はい」
隆司
「……」
バックナー
「……」
「KGB全員にちんすこうか」
イワン
「人気ですよ」
ジョン
「想像できない」
⸻
船が出る。
イワンが手を振る。
イワン
「また遊びに来ます!」
バックナー
「今度は事前に手紙を書け」
イワン
「分かりました!」
バックナー
「突然来るな」
イワン
「努力します!」
船はゆっくり港を離れる。
⸻
縁側。
文がお茶を飲んでいる。
文
「いい人でしたね」
バックナー
「KGBだぞ」
文
「今日は観光客でした」
バックナーは苦笑する。
バックナー
「……そうだな」
美咲
「世界って不思議ですね」
彩花
「昔は敵だったのに」
バックナーは静かに頷く。
「平和とは」
「こういうことなのかもしれん」
秋風が吹く。
紅型がゆっくり揺れる。
遠くでは観光バスが走っていた。
⸻
(つづく)




