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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第五部 バックナー編 ― 平和へ結ぶ縁 ―
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第四十話 まだ学生です

キューバ危機が終わり、

沖縄にも穏やかな日々が戻ってきました。


第39話ではバックナーが高等弁務官を退き、

歴史の表舞台から一歩身を引きました。


ここからしばらくは、

大きな政治や戦争ではなく、

仲村家とバックナー家の”日常”を描いていきます。


世代が少しずつ入れ替わり、

新しい物語が動き始めます。

1963年。春。


仲村工房。


庭先では、

色鮮やかな紅型が春風に揺れていた。


縁側では、

文が針仕事をしている。


その隣では、

バックナーが畑仕事を終え、

土の付いた鍬を壁へ立て掛けた。


「今年は豊作だ」


文がお茶を差し出す。


「それは良かったですね」


「畑は裏切らない」


「人間は?」


バックナーは少し考えた。


「……難しい質問だな」


文が笑う。


のどかな春の昼だった。


――その時。


「遅刻する!」


美咲が慌てて庭へ飛び出してきた。


鞄を抱え、門へ向かって走る。


その瞬間。


門から隆司が入ってきた。


「待て!」


美咲が急停止する。


「え?」


隆司は、

真剣な顔で周囲を見回した。


道路。

屋根。

電柱。

そして庭。


「……」


美咲が首を傾げる。


「どうしたんですか?」


隆司は低い声で言った。


「走るな」


「え?」


「朝は危険だ」


美咲は空を見上げる。


雲一つない。


「今日は晴れてますけど」


「問題は天候じゃない」


隆司は道路を見る。


「角から自転車が来る可能性がある」


「犬が飛び出す可能性もある」


「子どもが道路へ出る可能性も」


隆司はさらに真剣な顔になる。


「最悪の場合――」


美咲の肩を掴む。


「敵襲だ」


挿絵(By みてみん)


「通学です!!」


隆司は一瞬黙った。


「……そうだった」


美咲は呆れながら笑う。


「もう……」


「でも」


隆司は穏やかに言った。


「急ぐな」


「転んだら痛いだろ」


美咲は少し驚いた。


そして。


「……はい」


小さく笑う。


「ありがとうございます」


そのまま歩いて門を出ていく。


隆司はその背中を見送った。


「……」


縁側。


バックナーが腕を組んでいる。


彩花も隣にいた。


二人は顔を見合わせる。


「……」


「……」


同時に頷く。


「始まったな」


「始まりましたね」


挿絵(By みてみん)


文だけが首を傾げる。


「何がです?」


バックナーと彩花。


「「恋だ」」


「……まだ学生ですよ」


⸻


昼過ぎ。


学校。


授業が終わる。


美咲が教室を出ようとしたところで、

ジャックたち友人が近づいてきた。


「美咲」


「最近さ」


「隆司さんと仲いいよね?」


「えっ?」


美咲の目が丸くなる。


「違う違う!」


「何が?」


「隆司さんは、その……」


少し考える。


「兄みたいなものだから!」


友人たちは顔を見合わせた。


「それ」


「一番危ないやつじゃない?」


挿絵(By みてみん)


「なんで!?」


「だって」


「兄みたいな人って言う時の顔じゃないよ」


「えっ!?」


美咲の顔が赤くなる。


「違うってば!」


友人たちは笑う。


「はいはい」


「帰り道、一緒に帰るんでしょ?」


「違います!」


美咲は鞄を抱える。


「今日は工房に帰るだけ!」


「それを一緒に帰るって言うんじゃない?」


「もう!」


美咲は逃げるように教室を出ていった。


⸻


その頃。


仲村工房。


隆司は屋根の修理をしていた。


梯子から降りる。


近所のおじぃが通りかかった。


「隆司」


「はい」


「そろそろ嫁さんもらわんとな」


隆司は苦笑する。


「まだ早いですよ」


「美咲ちゃんなんてどうだ?」


隆司の手が止まった。


「……」


工具を落としかける。


「な、何言ってるんですか!」


おじぃは笑う。


「仲良しじゃないか」


「妹みたいなもんですよ」


「ほう」


「家族みたいなものです」


「ほうほう」


隆司は真顔で続ける。


「家族なら守るのは当然でしょう」


「そうだな」


「危険があれば俺が前に出る」


「食料も確保する」


「退路も確認する」


おじぃの顔から笑みが消える。


「隆司」


「はい」


「それ」


「嫁さんにもやることじゃないか?」


挿絵(By みてみん)


「……」


隆司が固まる。


「…………そうなのか?」


「そうさ」


おじぃは笑いながら去っていく。


「じゃあな」


「……」


隆司はしばらく立ち尽くしていた。


そして。


「……色が見えた」


誰もいない庭を見つめる。


「何の色だ……?」


本人にも、

その言葉の意味は分からなかった。


⸻


夕方。


仲村工房。


「ただいま!」


美咲が帰ってくる。


「おかえり」


文が迎える。


庭では隆司が薪を運んでいた。


美咲と目が合う。


「今日はありがとうございました」


「何のことだ?」


「朝です」


「ああ」


隆司は笑う。


「気にするな」


少し沈黙。


美咲が隆司を見る。


「隆司さんって」


「本当に変ですよね」


「そうか?」


「敵襲とか言うし」


「念のためだ」


「何の?」


「……」


隆司は真顔で考える。


「分からない」


美咲が吹き出す。


「もう!」


二人で笑う。


その様子を、

縁側から見ている四人。


バックナー。

文。

彩花。

そしてジョン。


ジョンが小声で尋ねる。


「何を見てるんです?」


バックナーは真顔だった。


「戦況だ」


「戦況?」


バックナーは庭を見る。


「美咲は隆司を信頼している」


彩花が頷く。


「隆司は美咲を守ろうとしている」


文が首を傾げる。


「普通ですよ?」


バックナーは続ける。


「問題は」


「二人とも、それを恋だと思っていない」


ジョンが二人を見る。


「……なるほど」


彩花が腕を組む。


「長期戦ですね」


バックナーも頷いた。


「かなり長い」


文が苦笑する。


「本人たちに聞かれたら怒られますよ」


その瞬間。


庭から声がした。


「何を話してるんです?」


四人が振り返る。


隆司がこちらを見ている。


四人

「「「「何でもない」」」」


隆司は怪訝そうな顔をした。


「……そうですか」


⸻


その時。


美咲が庭の薪へ向かった。


「これ、運びますね」


薪を抱える。


「よいしょ……」


隆司が振り返る。


「待て」


「え?」


「それは重い」


「これくらい大丈夫です」


「腰を痛める」


「大丈夫ですって」


「違う」


隆司は薪を見つめる。


「もし途中で敵襲があったら」


「ないです!!」


「薪を抱えていては逃げられない」


「だから敵襲ないです!」


隆司は全部の薪を持ち上げた。


「俺が運ぶ」


「……」


美咲は少し笑った。


「ありがとうございます」


二人で歩く。


美咲が横から隆司を見る。


「隆司さんって」


「本当に私のこと、心配してくれますよね」


隆司は少し考える。


「当然だろ」


「……」


「家族みたいなものだから」


美咲は少しだけ黙る。


「……そうですね」


それ以上は言わなかった。


隆司も気づかなかった。


⸻


薪を置いたあと。


美咲は隆司を見上げた。


「でも」


「隆司さんも気を付けてくださいね」


「俺は大丈夫だ」


「屋根から落ちたら大変ですよ」


「落ちたら受け身を取る」


「そういう問題じゃありません!」


美咲が少し怒る。


「怪我したら困るんですから」


隆司が目を瞬く。


「……心配してるのか?」


「当たり前じゃないですか」


美咲は少し照れながら言う。


「隆司さんは」


「仲村家にとって大事な人ですから」


隆司は黙った。


「……」


挿絵(By みてみん)


美咲は先に歩いていく。


隆司はその背中を見る。


「……そうか」


ほんの少し。


その表情が変わった。


⸻


そこへ。


近所のおばぁが通りかかる。


二人を見て笑った。


「あらあら」


「仲良しねぇ」


美咲が振り返る。


「そうですか?」


「夫婦みたいさぁ」


「違います!」


美咲が即答する。


隆司は少し遅れて口を開いた。


「……」


「まあ」


「まだ違いますね」


美咲が振り返る。


「“まだ”って何ですか!?」


挿絵(By みてみん)


縁側。


彩花が立ち上がる。


「そこ!!!!!」


ジョンも頭を抱える。


「言った!」


バックナーは腕を組んだ。


「前進したな」


文が苦笑する。


「どこがですか……」


隆司は本気で分からない顔をしている。


「何か問題があるのか?」


彩花

「あります!!」


⸻


夕暮れ。


縁側。


春風が吹いていた。


紅型が静かに揺れている。


美咲と隆司は、

少し離れた場所で薪を整理していた。


その姿を見ながら、

バックナーが小さく呟いた。


「遠回りくらいがちょうどいい」


ジョンが笑う。


「恋愛も?」


バックナーは少し考えた。


「人生もだ」


文がお茶を飲む。


「急がなくても」


「春は毎年来ますから」


彩花も二人を見る。


「……本人たちが気づくまで」


バックナーは頷いた。


「待つさ」


その時。


庭から隆司の声が響く。


「美咲!」


「はい?」


「明日の登校経路を確認しておく」


美咲が振り返る。


「普通に学校へ行くだけですよ!?」


「念のためだ」


「だから何の!?」


彩花が笑い出す。


「もう!」


ジョンも腹を抱える。


バックナーは静かに笑っていた。


文も微笑む。


春風が、庭を通り抜ける。


紅型がゆっくりと揺れた。


――二人はまだ知らない。


この先も。

何度もすれ違い。

何度も同じ距離まで近づき。


それでも、

なかなかその一歩を踏み出さないことを。


そして。


いつか。


その距離が、

二人自身にも分かるほど近くなることを。


春は、

まだ始まったばかりだった。


⸻


(つづく)

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