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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第五部 バックナー編 ― 平和へ結ぶ縁 ―
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第三十九話 引き継ぐ者たち

1963年。


キューバ危機を乗り越えたバックナーは、

一つの決断を下す。


戦場を生き延び、

沖縄統治の責任者として歩み続けた男が選ぶ、

新たな人生とは。


本話は、バックナーが

「魔王」から「一人の人間」へ戻る物語です。

1962年11月。


夜。


USCAR本部。


誰もいない執務室。


窓の外には、街の灯りが見えていた。


机の上には、大量の書類。


基地問題。

復帰問題。

行政報告。


そして。


一枚の人事書類。


バックナーは椅子に座り、

しばらくそれを見つめていた。


挿絵(By みてみん)


静かにペンを置く。


「……長かったな」


窓の外を見る。


沖縄に来てから、

何年もの時間が過ぎた。


軍人として。


行政官として。


何度も、

「正しい判断」を求められてきた。


だが。


そのたびに思っていた。


(沖縄の人間にとって)


(本当に必要なのは)


(俺が決めることなのか?)


あの日の夜が、

ふと脳裏をよぎる。


仲村家。

隆司。

文。


そして、“怪物”。


バックナーは小さく息を吐いた。


「守ることと」


「決めることは……違う」


ペンを取る。


そして、

退職の書類に署名した。


しばらく筆跡を見つめる。


「もう」


「高等弁務官でなくてもいい」


ほんの少し笑う。


「……沖縄を見ていたい」


机の引き出しを閉じる。


窓の外。


沖縄の夜が静かに広がっていた。


⸻


そして翌月。


仲村家。


夕食。


鍋から湯気が立つ。

縁側には冬の風。


文と彩花が料理を並べていた。


美咲。

隆司。

そしてバックナーの妻子も集まっている。


珍しく大人数だった。


バックナーは静かに湯呑みを置いた。


「みんなに話がある」


部屋が静かになる。


少し間。


「今年いっぱいで引退する」


誰もすぐには言葉を返せなかった。


最初に口を開いたのは美咲だった。


「おじぃになるの?」


挿絵(By みてみん)


工房中が笑う。


バックナーも苦笑した。


「まだ早い」


彩花は父を見つめる。


二十歳になった娘の表情は、

昔とは少し違っていた。


(そうか)


(おとうは)


(“魔王”にならなくていいんだ)


あの日。


「嫌い」と言って飛び出した自分。


あの背中を思い出す。


今、その父は穏やかに笑っていた。


彩花は少しだけ目を潤ませながら微笑んだ。


「お疲れさま」


バックナーは照れくさそうに頭をかいた。


「ありがとう」


文が静かに湯呑みへお茶を注ぐ。


「これからは」


「ちゃんと休めますね」


バックナーは少し考えた。


「……休める気はしない」


隆司が笑う。


「畑仕事がありますからね」


「薪割りも」


文も頷く。


「屋根も直してください」


美咲が手を挙げる。


「宿題も!」


「それは先生に言ってくれ」


笑い声が響いた。


⸻


1963年1月。


USCAR本部。


会議室。

制服姿の将校たちが並ぶ。


バックナーはゆっくり前へ出た。


「本日をもって」


「私は職を退く」


静かな敬礼。

全員が姿勢を正す。

拍手はない。


軍人らしい別れだった。


やがて将校たちは退室する。


部屋に残ったのは一人。


ジェームス・B・ランパート。


挿絵(By みてみん)


「高等弁務官」


バックナーは首を振った。


「もう引退した」


ランパートは少し笑う。


「……失礼しました」


バックナーも笑う。


机の上には高等弁務官章。


ゆっくりと手を離した。


「沖縄を頼む」


ランパートが少し迷う。


「もし判断に迷った時は……」


「ご相談しても?」


バックナーは少し笑う。


「その頃には、ただの畑仕事のおじぃだ」


ランパートも笑う。


そして、力強く敬礼した。


「お任せください」


⸻


数日後。


沖縄県祖国復帰協議会。


会議室。


「バックナーが辞める!」


「今こそ復帰運動の好機だ!」


会場は活気に満ちていた。


一人が屋良を見る。


「屋良先生」


「行政主席になってください!」


屋良は苦笑する。


「任命制ですから」


「私には難しいですよ」


その時だった。


ガラッ。

扉が開く。


バックナーだった。


部屋中が固まる。


「……呼んだか?」


挿絵(By みてみん)


沈黙。


数秒後。

会場中が笑いに包まれた。


屋良は額に手を当てる。


「噂をすれば本人とは」


バックナーも肩をすくめた。


「たまたまだ」


⸻


夕方。


海辺。


二人きり。

冬の海は静かだった。


バックナーが口を開く。


「まだ私は高等弁務官だ」


「後押しもできる」


「どうする?」


屋良は海を見る。

少し考える。


そして静かに首を振った。


「ありがとうございます」


「ですが」


「私は」


「沖縄の人たちに選んでもらいたい」


風が吹く。


バックナーは笑った。


「君らしい」


屋良も笑う。


「遠回りになります」


「構わん」


「遠回りした方が」


「長く歩ける」


二人は静かに海を眺めた。


⸻


それから数年。


屋良は各地を歩き続けた。


島の声を聞き、

島の未来を語り続けた。


そして1968年11月。

行政主席となった。


沖縄で初めて“住民投票”によって選ばれた。


⸻


1963年春。


嘉手納。


小さなアメリカン雑貨店。


ジョンは店先で椅子に座っていた。


店内には模型飛行機。

ジュークボックス。

コカ・コーラの看板。

ZIPPO。


「いらっしゃいませ!」


今日も元気だった。


挿絵(By みてみん)


⸻


その頃。


村の一本道。


白いかりゆしシャツ。

麦わら帽子。


畑帰りのバックナーが歩いてくる。


近所のおばぁが笑う。


「バックナーさん」


「大根持っていきなさい」


「ありがとう」


子どもたちが駆け寄る。


「おじぃ!」


「遊ぼ!」


バックナーは笑った。


「今日は鬼ごっこか?」


青空の下。


バックナーは笑いながら

子どもたちを追いかけた。


その姿を、

文は縁側から静かに見守っていた。


「似合ってますよ」


文は小さく呟いた。


もう誰も、

彼を“高等弁務官”とは呼ばなかった。


ただ一人の、“村のおじぃ”だった。


挿絵(By みてみん)


⸻


(つづく)

史実では、

バックナーは1945年に戦死しているため、

高等弁務官には就任していません。


その後の沖縄統治では、

複数の高等弁務官が交代し、

沖縄返還時にはジェームス・B・ランパートが

最後の高等弁務官を務めました。


また、屋良朝苗は

1968年に沖縄初の公選行政主席となり、

返還へ向けた重要な役割を担いました。


本作は

「もしバックナーが生き延びていたら」

というフィクションです。


そのため、本話では、

二人へ歴史のバトンを渡す場面として描いています。

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