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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第五部 バックナー編 ― 平和へ結ぶ縁 ―
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第三十四話 二つの教科書

1960年。


日本では、

日米安保条約を巡る議論が大きく揺れていた。


一方、沖縄では、

その条約を「教科書」で学ぶ子どもたちと、

「現実」として向き合う大人たちがいた。

1960年。夏。


アメリカンスクール。


教室。


先生が試験問題を配る。


「今回の範囲は――」


「東アジアと日米安全保障条約についてです」


教室がざわつく。


美咲は問題用紙を受け取った。


一問目。


What is the purpose of the Treaty of Mutual Cooperation and Security?


美咲は固まる。


「……」


ジャックも問題を見て固まる。


「長い!」


挿絵(By みてみん)


教室中から小さな笑いが起きた。


⸻


放課後。


仲村家。


机いっぱいに教科書。


参考書。

英和辞典。

試験問題。


美咲は机へ突っ伏した。


「教科書も英語……」


一枚めくる。


「参考書も英語……」


もう一枚。


「問題も英語……」


机へ突っ伏す。


「全部英語ぉ……」


挿絵(By みてみん)


文がお茶を置く。


「基地商売の必修科目よ」


美咲は半泣きだった。


「もっと早く言ってよ……」


彩花が笑う。


「頑張れ」


隆司は分厚い辞書を机へ置いた。


「貸します」


美咲は辞書を抱きしめた。


「救世主!」


⸻


その時。


玄関が開く。


「失礼する」


バックナーだった。


ジョンも一緒である。


文が驚く。


「今日はお仕事は?」


バックナーは帽子を脱いだ。


「有給消化で午後は休みだ」


ジョンが苦笑する。


「試験勉強の家庭教師を頼まれました」


美咲の目が輝いた。


「お願いします!」


⸻


数分後。


机を囲む。


ジャックも勉強しに来ていた。


教科書を開く。


ジャックが手を挙げる。


「先生!」


「安保条約って何ですか?」


バックナーは静かに頷いた。


「いい質問だ」


ジョンは少し嫌な予感がした。


バックナーは黒板代わりの板を立てる。


「まず太平洋戦争だ」


ジョン

「そこからですか」


バックナーは続ける。


「いや」


「その前に日露戦争を説明しよう」


ジョンが頭を抱えた。


「戻りすぎです」


隆司が苦笑する。


彩花は肩を震わせている。


しかしバックナーは止まらない。


「さらに言えば――」


「黒船来航から話さねばならん」


ジョン

「もっと戻った!」


挿絵(By みてみん)


工房中が笑いに包まれた。


⸻


その時だった。


「失礼します」


屋良が入ってきた。


文が笑う。


「ちょうど良かった」


屋良は机を見る。


「試験勉強ですか?」


美咲は勢いよく立ち上がる。


「助けてください!」


屋良は笑った。


「では」


教科書を開く。


「試験に出るところだけ説明します」


バックナーが少し残念そうな顔をする。


屋良は黒板へ図を書く。


日本。

アメリカ。

二つの丸。


間を一本の線で結ぶ。


「日本は基地を提供します」


「アメリカは日本を守ります」


「互いに協力する約束です」


挿絵(By みてみん)


美咲

「あっ!」


ジャック

「それなら分かる!」


彩花も頷いた。


「先生らしい説明」


バックナーは腕を組む。


「……五分で終わった」


ジョンが笑う。


「だから名教師なんですよ」


⸻


夕方。


試験勉強も終わる。


美咲は大きく伸びをした。


「分かった!」


ジャックも笑う。


「今度は100点!」


ジョンが頷く。


「努力しましたからね」


子どもたちとジョンは

笑いながら美咲の部屋へ向かう。


英単語を出し合いながら、

楽しそうな声が聞こえていた。


⸻


縁側。


夕暮れ。


バックナー。

屋良。

隆司。


三人が並んで座っていた。


文がお茶を運ぶ。


静かな時間だった。


隆司が湯呑みを置く。


「東京にいる旧友から聞きました」


「本土では随分荒れたそうです」


屋良が静かに頷く。


「安保闘争ですね」


少し沈黙。


文が遠くを見つめる。


「沖縄だけ……」


「時間が違いますね」


屋良は小さく息を吐いた。


「基地の多くは沖縄にあります」


「けれど」


「議論の中心は本土でした」


誰も言葉を続けなかった。


⸻


バックナーは静かに立ち上がる。


床の間へ歩く。


掛け軸。

未完成の『地位協定紅型』。


しばらく見つめる。

そして、小さく呟いた。


「紙の上では改定された」


長い沈黙。


「だが――」


「この島の約束は、まだ終わっていない」


挿絵(By みてみん)


誰も答えなかった。


ただ、

縁側の向こうから、

子どもたちの笑い声だけが聞こえてくる。


バックナーは静かに目を閉じた。


潮風が“未完成の掛け軸”を、

そっと揺らしていた。


⸻


(つづく)

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