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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第五部 バックナー編 ― 平和へ結ぶ縁 ―
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第三十二話 父が遺した秘密

仲村家に代々伝わる、一枚の紅型。


それは美しい文化財であると同時に、

戦争が残した大きな秘密でもあった。


美咲は初めて、

父・尚造が未来へ託した想いに触れる。

1959年。


夜。


仲村工房。


仕事を終えた工房は静かだった。


織機も止まり、

虫の声だけが聞こえている。


床の間には、古びた掛け軸。


美咲は、その前に座っていた。

じっと見つめる。


「……」


文が湯呑みを置いた。


「気になるの?」


美咲は頷く。


「あの掛け軸」


「昔からあるよね」


少し間を置いて尋ねた。


「……いくらするの?」


挿絵(By みてみん)


文は思わず吹き出した。


「ふふっ」


美咲は慌てる。


「違うの!」


「気になっただけ!」


文は優しく笑った。


そして静かに答える。


「そうね……」


少し考える。


「小さな国なら、一つ買えるくらいかしら」


美咲の目が丸くなる。


「えぇっ!?」


「そんなに!?」


文は掛け軸を見つめた。


「でも」


「これは値段じゃないの」


「おじぃが命を懸けて守ったものだから」


工房に静寂が流れた。


⸻


その時。


戸が開いた。


「失礼する」


バックナーだった。


文が微笑む。


「ちょうど良かったです」


バックナーは掛け軸を見つめる。


ゆっくり近付いた。


「……久しぶりだな」


美咲が尋ねる。


「バックナーさん」


「この絵って何なんですか?」


バックナーは静かに答えた。


「沖縄戦の前」


「尚造と吉田茂が考えていた」


「停戦交渉の資料だ」


挿絵(By みてみん)


美咲は息を呑む。


バックナーは続ける。


「そして」


「米軍にとっても軍事資料だった」


少し沈黙する。


「だが完成しなかった」


部屋が静まり返る。


⸻


文が掛け軸へ目を向ける。


「この紅型はね」


「今の沖縄そのものなの」


「日本とアメリカ」


「どちらとも切り離せない」


「だから今も完成していないのよ」


美咲は静かに掛け軸を見つめた。


まるで父の姿を見るように。


⸻


しばらく沈黙が続く。


やがて美咲が口を開いた。


「お母さん」


文が顔を上げる。


「私」


「転校したい」


彩花も驚く。


「えっ?」


美咲は真っ直ぐ答えた。


「彩花ちゃんと同じ」


「アメリカンスクールへ」


部屋が静まり返る。


美咲は続けた。


「日本も知りたい」


「アメリカも知りたい」


「両方知らなきゃ」


挿絵(By みてみん)


掛け軸を見る。


「お父さんが」


「何を残そうとしたのか」


「分からない気がする」


文は静かに娘を見つめていた。


⸻


美咲はバックナーへ向き直る。


「お願いがあります」


バックナーは黙って聞く。


「この紅型の“呪い”を解く手掛かりを」


「私にも探させてください」


長い沈黙。


バックナーは腕を組んだ。


「……過酷な道になるぞ」


美咲は一歩前へ出る。


「父に」


「一歩でも近づきたいんです」


その瞳に迷いはなかった。


バックナーは小さく笑った。


「……尚造に似てきたな」


文は苦笑する。


「本当に」


「尚造二号だわ」


彩花も笑った。


「昔は配色の話ばかりだったのにね」


美咲は照れ笑いした。


⸻


その夜。


バックナーは一人、

縁側に座っていた。


夜空には満天の星。

静かな風が吹く。


背後から文が出てくる。


「バックナーさん」


「お願いがあります」


バックナーは振り返らず答えた。


「……隆司だな?」


挿絵(By みてみん)


文は小さく頷く。


「娘たちが見られています」


「私だけでは守りきれません」


バックナーは静かに目を閉じた。


「状況を伝えるだけならできる」


少し間を置く。


「それでもいいか」


文は深く頭を下げた。


「お願いします」


バックナーは立ち上がる。


「分かった」


「知らせよう」


⸻


遠くで虫が鳴いていた。


夜空には、

尚造が見上げたのと同じ星空が広がっている。


その星空の下で、

新しい世代が歩き始めようとしていた。


⸻


(つづく)

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