第二十八話 家出少女と紅型工房
親子だからこそ、
分かり合えないことがある。
家族だからこそ、
本音をぶつけてしまうこともある。
それでも、
「帰る場所」がある限り、
人はもう一度前を向ける。
1956年。夏。
朝。
仲村工房。
いつものように織機の音が響いていた。
文は腕を組み、
目の前の少女を見る。
彩花。
今日は高価な洋服ではない。
工房の作業着。
頭には手ぬぐい。
文は頷いた。
「似合ってるじゃない」
彩花は照れくさそうに笑う。
「ありがとう」
美咲は隣で嬉しそうだった。
「今日から一緒!」
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文は染料を指差す。
「まずは掃除」
「その次に布を運ぶ」
「染料は最後」
彩花は元気よく返事をする。
「はい!」
五分後。
ガタン!
桶が倒れる。
「あっ!」
染料が床へ広がった。
彩花
「ご、ごめんなさい!」
文はため息をつく。
「最初はみんなそうよ」
美咲は笑う。
「私もやった!」
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さらに十分後。
彩花。
布を持ち上げる。
重い。
「うぅ……」
美咲も一緒に持つ。
「せーの!」
二人で運ぶ。
途中。
足がもつれる。
ドサッ。
布の山へ埋もれる。
工房中が笑いに包まれた。
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その頃。
工房の入口。
屋良が子どもたちを連れてやって来た。
「今日は課外授業の紅型体験です」
「学びの場は学校だけではありません」
「自由に描いてください」
子どもたちが思い思いに描き始める。
花。
魚
シーサー。
美咲だけが異様に真剣。
彩花
「……まただ」
文が後ろから覗く。
布いっぱいに描かれているのは。
・沖縄本島
・飛行場
・港
・海上ルート
文
「…………」
屋良
「ほう」
「これは地図かな?」
美咲は満面の笑み。
「うん!」
「飛行機飛ぶ!」
「船来る!」
屋良
「なるほど」
「社会科が好きなんだね」
そこへ彩花。
「先生」
「違います」
「この子のお父さんも昔こうでした」
屋良
「え?」
彩花
「好きなことになると止まりません」
文
「血筋です」
屋良が作品を見つめる。
「……よく描けている」
「でも、どうして飛行場なんだい?」
美咲
「かっこいい!」
「おうちにもある!」
文
「美咲」
彩花
「あ」
工房全体が静まり返る。
文が即座に抱き上げる。
「はい終了!」
美咲
「え?」
文
「これは」
「な・い・しょ」
美咲
「あ」
「ないしょ!」
屋良
「……?」
彩花(ため息)
「また秘密が増えた」
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昼休み。
縁側。
彩花と美咲が並んで座っていた。
麦茶を飲む。
しばらく沈黙。
やがて彩花が口を開く。
「昨日ね」
「おとうと喧嘩した」
美咲は静かに聞いている。
「みんながおとうを嫌いって言う」
「私も怒った」
少し俯く。
「でも……」
風が吹く。
美咲はゆっくり答えた。
「……いいな」
彩花は驚く。
「え?」
美咲は少し笑った。
「私ね」
「お父さん知らないの」
少し間。
「だから」
「喧嘩できるの、ちょっと羨ましい」
彩花は何も言えなかった。
美咲は空を見上げる。
「怒れる人がいるって」
「家族なんだね」
長い沈黙。
彩花の目に涙が浮かぶ。
「……私」
「子どもだった」
美咲は笑った。
「うん」
「まだ子ども」
二人は顔を見合わせて笑った。
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その頃。
バックナー家。
息子は彩花の部屋を見つめていた。
誰もいない。
机の上には家族写真。
妻が静かに言う。
「あの子」
「仲村さんのお家で元気にしているそうよ」
息子は少し安心した。
「良かった」
少し間。
「父さんは?」
妻は静かに首を振る。
「仕事」
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夕方。
レストランバー。
Club88。
店内には米兵たちの笑い声。
バックナーは一人で座っていた。
目の前にはステーキ。
ほとんど手を付けていない。
ジョンが向かいへ座る。
「将軍」
「冷めますよ」
バックナーは苦笑した。
「そうだな」
ジョンは肉を切りながら尋ねる。
「迎えに行かないんですか?」
バックナーは首を横に振る。
「今は」
「文さんの方が親に向いている」
ジョンは静かにフォークを置く。
「……違います」
バックナーは顔を上げる。
ジョンは真っ直ぐ見つめた。
「父親は」
「あなたしかいません」
店内の音だけが流れる。
バックナーは
胸の古傷に手を当てながら、
窓の外を見つめた。
夕焼けの向こう。
仲村工房の煙突から、
ゆっくり煙が上がっていた。
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その頃。
仲村工房。
作業を終えた彩花は、
真っ赤に染まった手を見つめていた。
文が優しく笑う。
「立派な職人の手ね」
彩花も少し笑った。
「……まだ見習い」
文は頷く。
「それでいいの」
「焦らなくて」
庭では美咲が手を振っている。
「彩花ちゃん!」
「明日も頑張ろ!」
彩花は笑顔で手を振り返した。
「うん!」
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1956年。
沖縄では、
大人たちが未来を巡って争っていた。
しかし。
工房の中では、
二人の少女が少しずつ成長していた。
泣きながら。
笑いながら。
失敗しながら。
それでも前へ進む。
それが、
仲村工房の”弟子入り”だった。
⸻
(つづく)




