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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第五部 バックナー編 ― 平和へ結ぶ縁 ―
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第二十七話 島ぐるみ闘争――父が嫌いになった日

基地が広がるほど、

人々の怒りも大きくなっていった。


政治の対立は、

やがて家族の日常へ入り込む。


「高等弁務官」と「父親」。


二つの顔を持つバックナーに、

初めて試練が訪れる。

1956年。夏。


朝。


仲村家。


窓の外が騒がしかった。


挿絵(By みてみん)


「基地を返せ!」


「土地を返せ!」


怒号が響く。


美咲は鞄を持ったまま、窓へ近付く。


「お母さん……?」


文は静かにカーテンを閉めた。


「今日は裏口から行きましょう」


美咲も不安そうだった。


「彩花ちゃん……」


「大丈夫かな……」


⸻


バックナー家の前。


大勢の住民が集まっていた。


石。

木片。

怒号。


警備兵たちが必死に制止している。


「下がってください!」


「危険です!」


その時。


玄関が開く。


バックナーが一人、

静かに外へ出た。


挿絵(By みてみん)


住民たちがざわめく。


「いたぞ!」


「高等弁務官だ!」


一つ。

石が飛ぶ。


ガンッ。

門柱へ当たった。


もう一つ。

窓ガラスが割れる。


彩花は思わず耳を塞いだ。


バックナーは動かない。


帽子を被ったまま、

ただ住民たちを見つめていた。


やがて警備兵が押し返し、

人々は少しずつ離れていく。


静けさだけが残った。


⸻


少し離れた丘。

木陰。


一人の男が双眼鏡を下ろした。


イワンだった。


挿絵(By みてみん)


隣の部下が尋ねる。


「同志」


「工作しますか?」


イワンは首を振る。


「必要ない」


バックナー家を見る。


「シロアリが」


「もう食べ始めている」


小さく笑った。


「待てばいい」


⸻


昼。


仲村工房。


彩花は黙って座っていた。

いつもの元気はない。


美咲が隣へ座る。


「彩花ちゃん」


「怖かった?」


彩花は小さく頷く。


「うん……」


「おとうが」


「みんなに嫌われてる」


美咲は何も言えなかった。


⸻


夕方。


バックナー家。


静かな食卓。

誰も話さない。


妻が口を開く。


「今日は大変だったわね」


バックナーは短く答える。


「ああ」


彩花は箸を置いた。


「おとう」


「どうして?」


バックナーは顔を上げる。


「何がだ」


「みんな怒ってる」


「どうして?」


しばらく沈黙。


バックナーは静かに答えた。


「仕事だからだ」


彩花は首を振る。


「違う!」


「前のおとうは」


「畑を手伝ってた!」


「漁もした!」


「エイサーも踊った!」


涙が浮かぶ。


「今のおとう」


「知らない!」


部屋が静まり返る。


バックナーは何も言えない。


彩花は立ち上がる。


挿絵(By みてみん)


「おとうなんて」


「嫌い!」


走り出す。


バックナーが、

一歩だけ踏み出す。


でも止まる。


呼び止めない。

追いかけない。


そのまま戸が閉まる。


⸻


夜。


仲村家。


コンコン。

文が戸を開ける。


そこには彩花。

涙で顔がぐしゃぐしゃだった。


「文さん……」


「泊めて」


文は少しだけ驚いた。


彩花の服を見る。


真新しいワンピース。

革靴。

高価なバッグ。


しばらく考える。

そして笑った。


「泊まるのはいいわ」


彩花の表情が少し明るくなる。


文は続けた。


「その代わり」


「明日から工房で働くこと」


彩花は驚く。


「え?」


「その服じゃ仕事できないでしょう?」


「明日は作業着」


「染料まみれになるわよ」


少し間。


彩花は静かに頷いた。


「……うん」


文は優しく頭を撫でた。


「よし」


「仲村工房へようこそ」


挿絵(By みてみん)


その様子を見ていた美咲が笑う。


「彩花ちゃん」


「一緒に働こう!」


彩花も少しだけ笑った。


「うん」


⸻


同じ頃。


バックナー家。


彩花の部屋。

静まり返っている。


机の上には、

小さな家族写真。


バックナーは一人、

それを見つめていた。


そっと写真を手に取る。


幼い彩花。

笑っている。


バックナーは静かに目を閉じた。


「……俺は」


「間違えたのか」


答える者はいない。


窓の外では。


遠くの仲村家から、

子どもたちの笑い声だけが聞こえていた。


⸻


1956年。


島ぐるみ闘争は、

沖縄を二つに分けた。


そして。


一人の父と、

一人の娘の心もまた、

静かにすれ違い始めていた。


⸻


(つづく)

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