第二十七話 島ぐるみ闘争――父が嫌いになった日
基地が広がるほど、
人々の怒りも大きくなっていった。
政治の対立は、
やがて家族の日常へ入り込む。
「高等弁務官」と「父親」。
二つの顔を持つバックナーに、
初めて試練が訪れる。
1956年。夏。
朝。
仲村家。
窓の外が騒がしかった。
「基地を返せ!」
「土地を返せ!」
怒号が響く。
美咲は鞄を持ったまま、窓へ近付く。
「お母さん……?」
文は静かにカーテンを閉めた。
「今日は裏口から行きましょう」
美咲も不安そうだった。
「彩花ちゃん……」
「大丈夫かな……」
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バックナー家の前。
大勢の住民が集まっていた。
石。
木片。
怒号。
警備兵たちが必死に制止している。
「下がってください!」
「危険です!」
その時。
玄関が開く。
バックナーが一人、
静かに外へ出た。
住民たちがざわめく。
「いたぞ!」
「高等弁務官だ!」
一つ。
石が飛ぶ。
ガンッ。
門柱へ当たった。
もう一つ。
窓ガラスが割れる。
彩花は思わず耳を塞いだ。
バックナーは動かない。
帽子を被ったまま、
ただ住民たちを見つめていた。
やがて警備兵が押し返し、
人々は少しずつ離れていく。
静けさだけが残った。
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少し離れた丘。
木陰。
一人の男が双眼鏡を下ろした。
イワンだった。
隣の部下が尋ねる。
「同志」
「工作しますか?」
イワンは首を振る。
「必要ない」
バックナー家を見る。
「シロアリが」
「もう食べ始めている」
小さく笑った。
「待てばいい」
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昼。
仲村工房。
彩花は黙って座っていた。
いつもの元気はない。
美咲が隣へ座る。
「彩花ちゃん」
「怖かった?」
彩花は小さく頷く。
「うん……」
「おとうが」
「みんなに嫌われてる」
美咲は何も言えなかった。
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夕方。
バックナー家。
静かな食卓。
誰も話さない。
妻が口を開く。
「今日は大変だったわね」
バックナーは短く答える。
「ああ」
彩花は箸を置いた。
「おとう」
「どうして?」
バックナーは顔を上げる。
「何がだ」
「みんな怒ってる」
「どうして?」
しばらく沈黙。
バックナーは静かに答えた。
「仕事だからだ」
彩花は首を振る。
「違う!」
「前のおとうは」
「畑を手伝ってた!」
「漁もした!」
「エイサーも踊った!」
涙が浮かぶ。
「今のおとう」
「知らない!」
部屋が静まり返る。
バックナーは何も言えない。
彩花は立ち上がる。
「おとうなんて」
「嫌い!」
走り出す。
バックナーが、
一歩だけ踏み出す。
でも止まる。
呼び止めない。
追いかけない。
そのまま戸が閉まる。
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夜。
仲村家。
コンコン。
文が戸を開ける。
そこには彩花。
涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
「文さん……」
「泊めて」
文は少しだけ驚いた。
彩花の服を見る。
真新しいワンピース。
革靴。
高価なバッグ。
しばらく考える。
そして笑った。
「泊まるのはいいわ」
彩花の表情が少し明るくなる。
文は続けた。
「その代わり」
「明日から工房で働くこと」
彩花は驚く。
「え?」
「その服じゃ仕事できないでしょう?」
「明日は作業着」
「染料まみれになるわよ」
少し間。
彩花は静かに頷いた。
「……うん」
文は優しく頭を撫でた。
「よし」
「仲村工房へようこそ」
その様子を見ていた美咲が笑う。
「彩花ちゃん」
「一緒に働こう!」
彩花も少しだけ笑った。
「うん」
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同じ頃。
バックナー家。
彩花の部屋。
静まり返っている。
机の上には、
小さな家族写真。
バックナーは一人、
それを見つめていた。
そっと写真を手に取る。
幼い彩花。
笑っている。
バックナーは静かに目を閉じた。
「……俺は」
「間違えたのか」
答える者はいない。
窓の外では。
遠くの仲村家から、
子どもたちの笑い声だけが聞こえていた。
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1956年。
島ぐるみ闘争は、
沖縄を二つに分けた。
そして。
一人の父と、
一人の娘の心もまた、
静かにすれ違い始めていた。
⸻
(つづく)




