第二十五話 軍人と先生
1952年。
沖縄は、新しい時代を迎えた。
学校を守ろうとする教師。
島を守ろうとする軍人。
目指す未来は同じでも、
その道は決して一つではない。
今回は、
後に“沖縄県知事”となる
屋良朝苗が初登場します。
1952年。春。
朝。
USCAR本部。
新しく整えられた会議室。
長机には沖縄各地から集まった
代表者たちが座っていた。
教育。
農業。
医療。
行政。
それぞれの課題を話し合うためである。
バックナーは静かに席へ着いた。
「それでは始めよう」
部屋が静かになる。
⸻
最初の議題。
教育。
一人の男性がゆっくり立ち上がった。
丸眼鏡。
穏やかな表情。
教師らしい落ち着いた口調。
「屋良朝苗です」
「沖縄教職員会を代表して参りました」
バックナーは資料を見る。
(教師か)
屋良は静かに話し始めた。
「学校が足りません」
「机も足りません」
「教科書も足りません」
少し間を置く。
「そして」
「先生も足りません」
会議室が静まり返る。
⸻
バックナーは腕を組んだ。
「教師不足か」
屋良は頷く。
「ええ」
「先生も生活があります」
「待遇を改善しなければ続きません」
バックナーは少し考えたあと、
ふっと笑った。
「それは分かる」
屋良が少し驚く。
「え?」
バックナーは静かに答えた。
「私は士官学校で教えていた」
屋良の目が少し丸くなる。
「高等弁務官が?」
「ああ」
「教壇にも立った」
屋良は思わず笑った。
「それは失礼しました」
バックナーは懐かしそうに話す。
「学生は眠る」
屋良は即座に頷く。
「寝ますね」
「後ろの席ほど寝ます」
バックナー
「質問すると急に元気になる」
屋良
「試験前だけ勉強します」
バックナー
「締切直前だけ提出する」
屋良
「同じです」
二人は同時にため息をついた。
「「教師は苦労する」」
ジョンは思わず吹き出した。
「意気投合しましたね」
会議室に笑いが広がる。
⸻
しばらくして。
屋良は真剣な表情へ戻った。
「ですが」
「教育だけではありません」
会議室の空気が変わる。
「自治についても考えなければなりません」
バックナーも姿勢を正した。
「続けてください」
屋良はゆっくり話す。
「沖縄は」
「沖縄の人が考え」
「沖縄の人が決める」
「それが自治です」
静かな声だった。
しかし強かった。
⸻
バックナーも静かに答える。
「軍人の考えは違う」
「自治は」
「守れる者だけが持てる」
一拍。
「力のない自治は」
「誰かに奪われる」
屋良は真っ直ぐ見つめ返した。
「ですが」
「守ることと」
「支配することは違います」
バックナーも視線を外さない。
「その違いを決めるのは」
「理想ではない」
「現実だ」
会議室は静まり返った。
誰も口を開かなかった。
⸻
長い沈黙。
やがて屋良は小さく笑った。
「今日は」
「考え方の違いがよく分かりました」
バックナーも微笑む。
「ああ」
「私もだ」
⸻
会議終了。
資料を片付けながら、
屋良が振り返る。
「高等弁務官」
「また教育予算の相談に来ます」
バックナーは苦笑した。
「書類は少なめで頼む」
屋良も笑う。
「努力します」
ジョンが首をかしげる。
「先生まで書類を増やす側なんですね」
会議室は再び笑いに包まれた。
⸻
夕方。
仲村家。
縁側。
文がお茶を淹れていた。
バックナーは湯呑みを受け取る。
「今日は会議だったんですよね?」
「ああ」
少し間。
「面白い教師に会った」
文は微笑む。
「先生って」
「真面目な人が多いですものね」
バックナーは静かに頷く。
「真面目だった」
「だからこそ」
空を見上げる。
「沖縄を本気で考えていた」
文も夕焼けを見つめた。
「それなら」
「また会えますね」
バックナーは少し笑う。
「ああ」
「きっと何度でも」
⸻
同じ頃。
屋良も帰り道を歩いていた。
ふと振り返る。
USCAR本部。
夕日に照らされていた。
小さく呟く。
「いい人だ」
少し間。
「……だからこそ」
「難しい」
風が静かに吹き抜ける。
⸻
1952年。
沖縄には、
それぞれ違う未来を願う人々がいた。
同じ島を愛しながら。
同じ未来を望みながら。
その”進む道”だけが、
まだ違っていた。
⸻
(つづく)




