第二十四話 残された島
日本は、独立する。
沖縄は、まだ独立しない。
1951年9月8日。
サンフランシスコ講和条約。
一つの戦争は終わり、
世界は「冷戦」という新しい時代へ歩き始める。
1951年9月中旬。
朝。
バックナー家。
居間では、
白黒テレビが静かに映像を映していた。
村男たちは外から珍しそうに覗いてる。
「何だあれ?」
「家電だって」
「さすが米軍VIP!」
美咲は不思議そうに画面を見つめる。
「動いてる……」
彩花も目を丸くした。
「箱の中に人がいる!」
バックナーは苦笑する。
「違う」
「遠くの映像が届いているんだ」
ジョンも頷いた。
「アメリカでは少しずつ普及しています」
⸻
テレビの画面が切り替わる。
ニュース映像。
サンフランシスコ。
大勢の記者。
各国代表。
厳かな空気。
アナウンサーが静かに読み上げる。
「日本との講和条約が調印されました」
「条約の発効後」
「日本は主権を回復します」
「なお、琉球列島は米国の施政権下に置かれます」
居間が静まり返る。
文は画面を見つめたまま呟く。
「日本……独立するのね」
バックナーは静かに頷く。
少し間。
「……沖縄だけ残されたのね」
文が呟く。
バックナーはテレビを見たまま続けた。
「ああ」
「まだだ」
誰も言葉を返せなかった。
⸻
その頃。
東南アジア。
熱帯の港町。
隆司は米軍補給基地を訪れていた。
顔なじみの兵士へ二通の封筒を渡す。
「お願いします」
兵士は頷く。
「沖縄行きの輸送便に乗せよう」
隆司は空を見上げた。
輸送機が轟音を響かせながら飛び立つ。
(頼みます)
⸻
数日後。
USCAR本部。
ジョンが郵便袋を抱えて入ってくる。
「高等弁務官」
「海外便です」
バックナーは封筒を見る。
送り主。
隆司。
その時。
仲村家にも同じように郵便配達が来ていた。
「文さん」
「海外からです」
文は封筒を受け取る。
差出人を見る。
「……隆司くん」
笑顔がこぼれた。
⸻
仲村家。
縁側。
文は封筒を開く。
|文さんへ
|
|俺は元気です。
|
|修行は順調です。
|毎日いろいろな国を歩いています。
|
|美咲は大きくなりましたか。
|彩花も元気でしょうか。
|
|帰ったら、
|また皆でご飯を食べたいです。
|
|それまで、どうか元気で。
|
|隆司
文は手紙を胸へ抱いた。
「元気で良かった……」
彩花も嬉しそうだった。
「兄ちゃん帰ってくる?」
文は笑った。
「ええ」
「きっと」
⸻
同じ頃。
USCAR本部。
バックナーはもう一通を開く。
|将軍へ
|
|東南アジアの空気が変わりました。
|
|商人より先に、軍人が増えています。
|港には軍艦。
|道路には兵士。
|
|誰も口にはしませんが、
|また大きな戦争になります。
|
|沖縄も、
|決して無関係ではありません。
|
|そして。
|お願いがあります。
|
|仲村家を守ってください。
|
|文さんは強い人ですが、
|全部一人で抱え込む癖があります。
|
|美咲と彩花も、
|よろしくお願いします。
|
|尚造さんなら、
|きっと同じことを書いたと思います。
|
|隆司
読み終えた。
バックナーは静かに封筒を閉じる。
帽子を机へ置いた。
窓の外を見る。
滑走路。
輸送機。
朝鮮戦争へ向かう補給機が離陸していく。
小さく呟く。
「……分かってる」
その声は、
誰にも聞こえなかった。
⸻
夕方。
仲村家。
文は手紙を大切に引き出しへしまう。
その隣。
『日米地位協定』紅型。
静かに風が吹く。
バックナーも縁側へやって来た。
文は笑顔で言う。
「隆司くん」
「元気みたいです」
バックナーは頷いた。
「ああ」
それ以上は何も言わなかった。
文は気付かない。
バックナーの胸ポケットには、
隆司からの“もう一通”が入っていることを。
⸻
夜。
バックナー家。
一人。
机へ世界地図の紅型を広げる。
それは。
尚造が遺した別の紅型。
『石油輸送ルート』が描かれていた。
朝鮮半島。
インドシナ。
沖縄。
ゆっくり指で結ぶ。
「……近い」
窓の外では。
彩花と美咲の笑い声。
仲村家から聞こえてくる。
バックナーは静かに目を閉じた。
(尚造)
(お前は未来を布へ描いた)
バックナーは、
世界地図の紅型を静かに畳む。
代わりに机へ置いたのは、
沖縄全図。
基地。
港。
飛行場。
そして仲村家。
(俺は)
(この子たちの未来だけは守る)
その瞳には。
かつての優しい“ご近所さん”の顔と、
沖縄を預かる“統治者”としての決意が、
静かに宿っていた。
⸻
1951年。
日本は独立した。
しかし。
沖縄には、まだ別の時間が流れていた。
そして世界もまた、
“冷戦”という長い時代へ歩き始めていた。
⸻
(つづく)




