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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第五部 バックナー編 ― 平和へ結ぶ縁 ―
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第二十三話 ドーナツの穴に潜む影

沖縄に新しい店ができた。

ドーナツ屋である。


――だが。


一つのドーナツをきっかけに、

アメリカと沖縄、そしてソ連まで巻き込んだ

謎の”食文化戦争”が始まる。


甘い香りが広がるその頃。


世界では、“冷戦”も静かに始まっていた。

1951年。春。


朝。


基地前。


新しく一軒の店がオープンした。


看板には大きく、

『DONUT KING』


挿絵(By みてみん)


甘い香りが辺りへ広がる。


彩花は目を輝かせた。


「わぁ!」


「いい匂い!」


美咲も鼻をひくひくさせる。


「あまい!」


文は苦笑する。


「また基地のお店?」


バックナーは頷いた。


「ああ」


「今日は開店日らしい」


⸻


店内。


揚げたてのドーナツが並んでいる。


店員が笑顔で勧めた。


「どうぞ!」


バックナーは一つ手に取る。


「……オールドファッションだ」


文は即答した。


「違います」


「サーターアンダギーです」


バックナーは首を振る。


「いや」


「真ん中に穴が開いている」


「これはドーナツだ」


文も負けない。


「揚げ菓子です」


「仲間です」


ジョンは困ったように笑う。


「また始まりましたね」


⸻


その時。


後ろから低い声。


「……ピロシキ」


全員が振り向く。


そこには、

赤髪の外国人男性。


帽子を深く被り、

穏やかな笑みを浮かべている。


イワンだった。


挿絵(By みてみん)


イワンは真剣な顔で言う。


「パン生地」


「油で揚げる」


「中に具を入れる」


少し考える。


「ピロシキだ」


文

「増えた」


バックナー

「何がだ」


文

「意見」


ジョン

「三勢力になりました」


⸻


バックナーはドーナツを持ち上げる。


バックナー

「穴がある」


イワン

「穴は重要ではない」


文

「そうです」


バックナー

「味も重要だ」


イワン

「いや、思想だ」


全員

「思想?」


イワン(真顔)

「食べ物には、国民性が出る」


ジョン

「なんだか難しい話になりましたね」


⸻


その横では。


彩花が大きくかぶりついた。


「おいしー!」


美咲も両手で持つ。


「あまーい!」


文

「何だと思う?」


彩花

「おやつ!」


美咲

「おやつ!」


バックナー

「……それが正解か」


ジョン

「議論終了ですね」


バックナー

「彩花、口の周り」


彩花は慌てて拭く。

文とバックナーの妻も笑った。


文

「二人とも」


「そんなに急がなくても」


妻

「また来ましょうね」


子どもたちは元気よく返事をした。


「はーい!」


⸻


帰り道。


基地の門前。


文と妻は彩花と美咲の手をつないでいた。


「それじゃ」


「また夕方に」


バックナーも頷く。


「ああ」


その時。


文がふと思い出したように言う。


「そういえば」


「さっきの人」


「ロシア人かしら?」


挿絵(By みてみん)


ジョンが振り返る。


「え?」


文は少し考えながら答えた。


「英語で話していたけど」


「食べ物だけ」


「ロシア語だったでしょう?」


少し間。


「昔、上海でロシア人の会話を聞いたことがあるの」


「少し似ていたわ」


ジョンは驚いた。


「そこまで分かるんですか」


文は苦笑する。


「商売柄ね」


⸻


バックナーは何気なく

服の襟元へ手をやった。


指先に違和感。


「……?」


取り出す。


折り畳まれた小さな紙。

見覚えはない。


さらに胸ポケット。

小さな赤いマッチ箱。


いつの間に。


バックナーはゆっくり息を吐いた。


「……二回」


挿絵(By みてみん)


ジョンの顔色が変わる。


「え?」


バックナーは静かに周囲を見渡した。


「少なくとも二回は触られている」


もう男の姿はない。


「……ソ連が来た」


文の笑顔が消える。


「こちらを見に来たんじゃない」


「測りに来た」


ジョンも息をのんだ。


「何をです?」


バックナーは小さく呟いた。


「沖縄を」


春の風だけが、静かに吹いていた。


⸻


その頃。


人気のない港。


イワンは静かに海を眺めていた。


隣には部下。


「同志」


「今のうちに工作しますか?」


イワンは答えない。


屋台で買ったドーナツを見つめる。

真ん中の穴。

ゆっくり指でなぞる。


小さく笑った。


「その必要はない」


部下は首をかしげる。


イワンは穴を見つめたまま言った。


「シロアリは」


「外から壊さない」


「中から食べる」


静かな声だった。


「その時を待てばいい」


部下は静かに頷く。


「了解しました」


イワンは最後に、

もう一度沖縄を振り返る。


「……いい島だ」


「穴があるから面白い」


春の風が港を吹き抜ける。


⸻


同じ頃。


仲村家。

縁側。


美咲と彩花は笑いながら、

ドーナツを半分こしている。


文は、何も知らない二人を見つめている。


その奥のお茶の間では。


『日米地位協定』紅型が、

静かに風に揺れていた。


バックナーはその前に正座する。


(尚造)


(お前は“首里城”を)


(“地下”に築いた)


胸ポケットのマッチ箱。

強く握る。


(家族には)


(絶対に近付けさせない)


帽子を深く被る。


(俺は“空”に築くぞ)


⸻


1951年。

戦争は終わった。


しかし。


世界は今、

“冷戦”という名の

新しい戦いへ歩き始めていた。


そして。


仲村家へ忍び寄る”怪物”もまた、

静かに動き始めていた。


挿絵(By みてみん)


⸻


(つづく)

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