第二十一話 沖縄に建つ、アメリカンハウス
五年間、仲村家へ居候していた米軍司令官。
今日から、ついにマイホーム生活が始まる。
……しかし。
沖縄の古民家が並ぶ村に建ったのは、
なぜか南国リゾート風のアメリカ住宅だった。
今回は、バックナー家の引っ越し回である。
1950年12月。
朝。
仲村家の庭。
文が洗濯物を干している。
その向こう。
完成したばかりの白い家が
朝日に輝いていた。
白い壁。
大きな窓。
広いポーチ。
庭にはヤシの木。
まるで南国の別荘だった。
その様子を、
塀の外から村男たちが眺めている。
A
「……浮いてるな」
B
「村じゃなくてハワイだ」
C
「米軍基地の建物が一軒だけ迷子になった」
E
「住所間違えたんじゃないか?」
文(苦笑)
「失礼ですよ」
バックナー
「……そんなに違和感があるか?」
全員
「ある」
⸻
その時。
一台の乗用車が家の前へ止まった。
ドアが開く。
一人の女性。
そして青年が降りてくる。
バックナーは帽子を取り、静かに迎えた。
「お帰り」
妻は優しく微笑む。
「ただいま」
息子は辺りを見回す。
「ここが沖縄……」
その時だった。
玄関から彩花が飛び出してくる。
「おとうー!」
バックナーへ抱きつく。
息子は固まった。
「……誰?」
彩花は満面の笑み。
「妹!」
息子
「増えてる」
庭が静まり返る。
妻はゆっくりバックナーを見る。
妻
「あなた」
「五年間沖縄へ赴任しただけよね?」
バックナー
「ああ」
妻
「なのに娘が増えてるの?」
バックナー、固まる。
ジョン
「説明するとですね……」
妻
「ジョンさん」
「あなたも共犯ですね?」
ジョン
「……長くなるので座りましょう」
村男たち
「「「そうだな」」」
⸻
数十分後。
居間。
妻は一通り事情を聞き終え、
静かにお茶を飲んだ。
「つまり」
「戦災孤児を家族として迎えたのね」
バックナーは頷く。
「ああ」
彩花は少し不安そうに妻を見る。
すると。
妻は優しく微笑み、彩花を抱き寄せた。
「初めまして」
「今日から私も、お母さんよ」
彩花の目が潤む。
「……ほんと?」
「もちろん」
青年も照れくさそうに笑う。
「じゃあ俺は兄だな」
彩花は何度も頷いた。
「お兄ちゃん!」
バックナーは静かに帽子を深く被り直した。
「……ありがとう」
⸻
その時。
文が小さく笑った。
「五年間、本当にお世話になりました」
妻も笑顔で頭を下げる。
「こちらこそ主人がお世話になって……」
文は首を横に振った。
「いえ」
「食べ盛りでしたから」
妻
「……?」
文は笑顔のまま続ける。
「毎日よく召し上がるんです」
「朝も昼も夜も」
「おかわりまで」
ジョンも静かに頷く。
「高等弁務官は非常によく食べます」
文
「仲村家の食費が、一番大変でした」
妻はゆっくりバックナーを見る。
「……あなた?」
バックナー
「…………」
息子が小さく呟く。
「父さん」
「沖縄で育ち盛りだったの?」
ジョン
「はい」
「還暦ですが」
バックナー、固まる。
A
「将軍」
「畑仕事のあと三杯食べてたぞ」
B
「スパム八枚の日もあった」
文
「だから畑仕事や漁をお願いしたんです」
バックナー
「…………」
妻は大きくため息をつく。
「帰ったら」
「まず家計簿を見直しましょう」
バックナー
「……はい」
全員大爆笑。
⸻
昼。
仲村家。
美咲が元気よく走ってくる。
「彩花ちゃーん!」
彩花も飛び出した。
「美咲ー!」
二人は手をつないで新しい家へ走っていく。
その後ろから。
文が風呂敷を抱えてやって来た。
「こんにちは」
「お隣の仲村です」
「新築祝いです」
妻は嬉しそうに受け取る。
「ありがとうございます」
包みを開く。
中には美しい紅型。
「まぁ……」
「素敵……」
文は少し照れながら笑う。
「工房の新作です」
妻は嬉しそうに何度も頷いた。
⸻
その時。
文が玄関を見る。
文
「あら、シーサー」
バックナー
「魔除けだ」
文
「正解です」
息子
「父さん」
「いつ買ったの?」
バックナー
「文さんが勧めた」
文
「私は”置くといいですよ”とは言いました」
ジョン
「翌日に二体届きました」
妻は家の中を見回しながら笑う。
妻
「他には?」
バックナー
「さんぴん茶」
「島ぞうり」
「シークヮーサー」
「ゴーヤー」
妻
「完全に住民ね」
ジョン
「五年間で立派に染まりました」
バックナーは少し照れくさそうに笑った。
⸻
その後。
彩花と美咲は家中を探検していた。
「広ーい!」
「階段ない!」
「ソファふかふか!」
美咲は窓から仲村家を指差した。
「おうち見える!」
彩花も笑う。
「すぐ遊びに行けるね!」
二人の笑い声が家いっぱいに響いた。
その後ろで。
村男たちも見学していた。
A
「トイレどこ?」
バックナー
「廊下を右だ」
A
「広っ!」
B
「トイレまでアメリカだ」
C
「浴槽でかい」
バックナー
「特注サイズだ」
文
「皆さん」
「人の家を観光地にしない」
全員
「はーい」
⸻
夕方。
庭。
バックナー家のポーチには、
クリスマスツリーが運び込まれていた。
息子が箱を開ける。
「今年はこれを飾ろう」
彩花は目を輝かせる。
「大きい!」
妻がオーナメントを取り出す。
「みんなで飾りましょう」
バックナーも箱を持ち上げた。
「いよいよクリスマスだな」
その様子を、
塀越しに文と美咲が眺めていた。
文が尋ねる。
文
「クリスマスは何を食べるんですか?」
バックナー
「本当は七面鳥だ」
文
「沖縄にいないですね」
「じゃあチキンで」
バックナー
「合理的だ」
⸻
夕暮れ。
二軒の家。
赤瓦の仲村家。
白いバックナー家。
二つの家の間では、
紅型が風に揺れている。
国は違う。
文化も違う。
それでも。
笑い声だけは、
同じ空へ響いていた。
二つの家は今日も、
ご近所さんだった。
⸻
(つづく)




