第二十話 USCAR高等弁務官、お隣さんになる
1950年12月15日。
USCAR(琉球列島米国民政府)が発足。
沖縄は冷戦の最前線となり、
バックナーは軍人から統治者へ立場を変える。
だが、仲村家にとって彼は、
今日も変わらぬ「ご近所さん」だった。
1950年12月15日。
朝。
仲村家。
庭には冬の柔らかな陽射しが差していた。
縁側では、
文がお茶を淹れている。
その隣で。
バックナーは
新しい制服へ袖を通していた。
胸元には、見慣れない徽章。
今日から――
“統治者”としての第一日目だった。
文は湯呑みを差し出す。
「今日から本当に忙しくなりますね」
バックナーは静かに受け取る。
「ああ」
「沖縄も、新しい時代に入る」
二人は静かに湯気を見つめた。
⸻
そこへ。
彩花と美咲が駆け寄ってくる。
「おとう!」
「その服、新しい!」
バックナーは笑った。
「今日から制服が変わった」
美咲は胸の徽章をじっと見つめる。
小さな指で文字をなぞった。
「ゆー」
「えす」
「しー」
「えー」
「あーる?」
バックナーはしゃがみ込む。
「USCARだ」
彩花は首をかしげる。
「ゆーすかー?」
文が笑う。
「難しい言葉よね」
バックナーは二人へ優しく説明する。
「沖縄を治める新しい政府の名前だ」
「今日から俺は、そこで仕事をする」
彩花は目を丸くした。
「おとう」
「えらくなったの?」
バックナーは少し考えてから答えた。
「仕事が増えただけだ」
文は即座に笑う。
「書類仕事、頑張ってくださいね」
バックナーは静かに目を閉じた。
「……努力する」
⸻
その時だった。
仲村家の前へ。
黒い高級車が二台、ゆっくり止まる。
ドアが開く。
屈強な護衛たちが一斉に降りてきた。
「高等弁務官」
「本日より護衛任務に就きます」
さらに別の男が彩花へ一礼する。
「お嬢様」
「学校までお送りいたします」
彩花。
固まる。
「……え?」
その様子を、
塀の向こうから村男たちが覗いていた。
「将軍ん家すごいぞ」
「映画みたいだ」
「彩花がお嬢様になった」
美咲は目を輝かせる。
「彩花ちゃん!」
「シンデレラ!」
彩花は自分の格好を見下ろいた。
ジーパン。
スニーカー。
リュック。
「シンデレラって」
「こんな格好だっけ?」
文は思わず吹き出す。
「確かに違うわね」
バックナーも苦笑した。
「俺もまだ慣れない」
⸻
USCAR本部。
バックナーは、入口の看板を見上げる。
United States Civil Administration of the Ryukyu Islands
琉球列島米国民政府。
新しい執務室。
広い部屋。
壁には琉球列島の地図。
机には、書類が山積みだった。
部下が敬礼する。
「高等弁務官」
「本日の案件です」
一枚目。基地整備。
二枚目。港湾計画。
三枚目。教育。
四枚目。農業復興。
バックナーは静かに積み上がった書類を見つめた。
「……」
小さく呟く。
「スティルウェル」
部下が首をかしげる。
「はい?」
バックナーは首を振った。
「独り言だ」
⸻
夕方。
仲村家。
仕事を終えたバックナーが戻ってくる。
文は縁側で待っていた。
湯呑みを差し出す。
「お疲れさまでした」
バックナーは受け取る。
「ああ」
静かな時間が流れる。
やがて。
バックナーはゆっくり頭を下げた。
「文さん」
「五年間ありがとう」
文は少し驚いたあと、優しく笑った。
「急にどうしたんですか?」
バックナーは庭を見渡す。
「この家に泊めてもらった」
「この家で笑った」
「この家で家族になった」
少し照れくさそうに笑う。
「感謝している」
文も静かに頷いた。
「こちらこそ」
「助けてもらいました」
二人は立ち上がる。
庭の向こう。
仲村家の隣には、
新しく建った家が、夕日に照らされていた。
バックナーは新居を見上げる。
「ようやく完成したな」
文も隣に並ぶ。
「今日から本当のご近所さんですね」
バックナーは少し笑った。
「いや」
「最初から、ご近所さんだった」
文も笑った。
「そうでしたね」
風が吹く。
二軒の家の間で、
紅型が静かに揺れていた。
⸻
1950年。
沖縄は新しい時代へ進む。
肩書きは変わる。
立場も変わる。
しかし。
仲村家とバックナー家。
二つの家を繋ぐ”ご近所付き合い”だけは、
これからも変わることはなかった。
⸻
(つづく)
作者より
史実では、
バックナーは1945年に戦死しているため、
高等弁務官には就任していません。
また、1950年のUSCAR発足時、
史実では極東軍司令官がUSCARの長官、
琉球軍司令官が副長官でした。
1957年になって初めて
「高等弁務官」がUSCARの長として置かれます。
そのため、本話では、
「もしバックナーが生還したら」という歴史IFのもと、
彼自身がUSCARの長に就任する場面を描いています。




